老舗とんかつ屋「まい泉」。主婦が創業したお店は、なぜ皆から愛されるお店になったのか

「とんかつ まい泉」は1965年12月、千代田区有楽町の10坪のカウンターだけのお店で、当時主婦だった小出千代子さんがスタート。以来、素材・技術にこだわり続け、現在では、全国各地の百貨店や商業施設、駅ナカに60店以上を有し、海外にもその輪が広がりました。そんなまい泉の原点で、「とんかつは私の恋人」と語る創業者の思いをご紹介します。

※文章は掲載当時(1989年)のものです。

「箸でも切れるやわらかなとんかつ」を目指して

私が「まい泉」という、とんかつ屋を始めたのは、昭和40年12月のことです。東京・日比谷の三井ビル地下一階の、たった10坪の店で出発しました。

それから24年。みなさまの温かなご愛顧によって、現在は青山に本店を構え、その外に日本橋・三越を初めとした出店が37店舗、私の郷里である長野、北海道にもお店を持つようになりました。

私どもの”とんかつ”の特徴は「箸でも切れるやわらかなとんかつ」ということです。この独自のとんかつの味を生み出すためには、どうしてもきめ細かな手作りの過程が欠かせません。

ごく限られた熟練者による毎日の味付け、ソース作りなど、決して省くことができない、多くの手作業があります。それが、どんなに大変でも毎日、毎日、手を抜かないこと、お客さまに「おいしい」と喜んでいただけるものを作るには妥協は禁物です。

愛情を持って一所懸命、前向きに努力していけば、お客さまにも受け止めていただける。これは、24年間のさまざまな試行錯誤の中で、つかみ取った私の信念です。

ですから、一番大切な肉の仕入れの際も、自分の目で確かめないと気がすみません。「お肉は私の恋人なんだから、私に検品させて!」と厨房に入っていきますと、「肉を見るとなると目の色が違いますね」と社員にひやかされます。

しかし、とんかつ屋を始めてから今日まで、よりよい豚肉を求めて、どんなに身も心もついやしたことか。いろいろな壁にぶつかりながらも、何とかしておいしい肉を手に入れようと必死になって努力してきました。

「まい泉」の味はこうして生まれた

しかし、お店を始めた当初は、なかなか私が望んでいる豚は手に入らないのです。いわゆる水豚というものばかりで、肉もしまりがなく、いかにもまずそうなのです。八方手を尽くして、いろいろな豚を仕入れてみましたが、結果はどれも同じでした。

「このままでは、とんかつ屋をあきらめなくてはいけないんじゃないか……」。私は、ものすごく悩みました。店をやめようかと、幾晩考えたかしれません。しかし、自分が好きで選んだ道です。何とかしてやり抜かなければいけない、と心を決めました。

「お肉がまずいのなら、衣のパン粉の味と、上からかけるソースの味でカバーしよう」。

大変おかしな言い方ですが、そうするしかないと思ったのです。お店を終えて、夜中の2時ごろまで、いろいろな野菜を煮込んだソース作りに没頭しました。

また、何種類もパンを焼いて、どのくらい時間を置いたパンを、どのくらいの目の粗さで挽いたら口当たりのよいパン粉ができるのか、毎日のように試してみました。周りのみんなには、一体、何をやっているのか」と言われましたけれど、私は無我夢中でした。そうして作り上げたものが、気がついてみたら、今日、「まい泉」のとんかつのノウハウとして結実したのです。

しかし、しばらくすると、自分自身の中で、どうしようもない不信感が湧き出てきました。ソースと衣で、素材のまずさをごまかすような仕事をしていいのだろうか。やはり、料理は素材で勝負だ。

プロが作ったとんかつとして、堂どうとお客さまにお出しできるものを作りたい、そう思ったのです。そして私は、実際に豚がどのように育てられているのか、この目で見てみようと、豚舎巡りを始めました。千葉、埼玉を初めとした全国各地、台湾やカナダの豚舎にも足を延ばしました。

一方で、毎日の仕入れに携わりながら、私なりに、とんかつにはどんなお肉がいいかということを研究してまいりました。肉には素人であった私も、肌学問から、おいしい肉の条件を生み出すに至りました。しかし、そんな、もろもろの条件を満たしている肉を仕入れても、いざ食べてみると、意外と裏切られることが多いのです。

と、いいますのは、大手デパートから催事を依頼されて、黒豚の丼物を作ったときのことです。前もって鹿児島の産地に頼んでおいた最高品質の黒豚を、当日、届くやいなや調理してお出ししたのですが、味見をしてみると肉が固くておいしくないのです。

これは一体どうしたことだろう、私の考えてきたことは間違っていたのだろうか。またもや、壁にぶつかった思いでしたが、その時は、急きょ、違う料理に差し替えて、その肉は冷蔵庫に保存しておきました。そして一週間後、その肉を出して、前と同じ手順で調理してみましたら、これが、前の肉より格段においしいのです。このことから、仕込んだ肉をねかすこと、豚肉にも熟成が必要だということを肌で知りました。

それから社員にも、「頼むから肉の保管一つにもいろいろ気配りして、お客さまにいつでも、おいしいものを出せるようにして頂戴ね」と言うのですが、なかなか理解してもらえません。それで、みんなに豚舎の見学に行ってもらいました。

会社に社員が帰ってくるなり、「本当に、オーナーの言う通りです。百聞は一見にしかずといいますが、あんなにご苦労をされて、大変な愛情を持って豚を育てているとは知りませんでした。そのお肉を私たちの不始末でお味を落としたりしたらとんでもないことです」と言ってくれたのです。

それから、とんかつに対する真の愛情も抱いてくれたようで、私も大変うれしく思いました。

(本記事は『致知』1989年7月号 特集「道を楽しむ」より一部抜粋したものです。11万人がご愛読!仕事や人生に役立つ体験談が満載の『致知』の詳細・ご購読はこちら

◇小出千代子(こいで・ちよこ)
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1965年12月、「とんかつ まい泉」をスタート。1983年には昭和初期に建てられた銭湯をそのまま利用し、青山本店レストランに「西洋館」をオープン。直営販売店は1968年、日本橋三越本店地下1階に出店したのを始めとして、現在までに全国各地の百貨店や商業施設、駅ナカに60店以上を展開。

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