2018年07月17日
都内やその近郊の方なら「ねぎし」を利用した人も多いことでしょう。牛たん、とろろ、麦飯という取り合わせのランチも新鮮ですが、店の雰囲気が明るく清潔で、若い女性客にも人気です。その理由は、「ねぎし」を運営するねぎしフードサービスの「理念共有」「人財共育」という独自の経営方針にありました。
「因は我にあり」
社長である根岸榮治さんは、もともと福島県いわき市を中心に他業種の飲食店を数多く展開していました。東京で流行っていた業態を地方で次々にヒットさせ、福島だけでなく宮城、茨城と店を構えるようになりましたが、そのうちに全店に目が行き届かなくなりました。気がつくと、各店で不正がはびこり、ライバル店に全従業員を奪われるケースさえ出てきたのです。
ある時、9人でやっていた店が9人ともいなくなったことがあります。約50メートル先に同じメニューを取り揃えて看板だけが違うライバル店ができて、そちらに全員が移っちゃったんです。さすがに、彼らを怨みましたよ。だけど、数か月が経って、だんだん冷静に考えられるようになると、全部自分が悪かった、「因は我にあり」ということが分かってきたんです。
初心に帰って経営をやり直そうというと決意した根岸さんが注目したのが、好物の牛たんでした。リスクを伴う従来のような他店舗展開はやめ、牛たんという一業種で勝負することにしました。しかも、東京の新宿を中心に30分以内というのが出店の条件です。1981年、歌舞伎町に1号店を出してはみたものの、なかなか思ったような味にならず、お客様もまばら。軌道に乗った後もBSE問題など多くの試練を乗り越えながら、今年、その店舗数は40店舗になります。
「この言葉だけは覚えておきなさい」
経営をとおしての様々な失敗は、根岸さんに思いを社の全員で共有すること、人を大切にすることの大切さに気づかせます。「理念共有」と「人財共育」は、まさにそのことを端的に示した言葉です。
最も大きかったのは、経営理念を明確化してそれを全従業員で共有したことと、人を育てるための仕組みを確立させていったことです。
かつての私はいかに売り上げと利益を上げるかという価値観だけで経営をしていました。しかし、従業員が売り上げや給料の額ばかりに目を奪われ、一緒に働く仲間をライバル視して、自分だけが勝ち残ろうとする。そんな社風ではいろいろな場面で不正がはびこり、本当の意味での働く喜びやお客さまによりよい商品を提供しようという思いは生まれません。
売り上げや利益が上がることだけに価値観を置く「事実前提」から、自分たちは何のために存在しているのか、その目的のためにどのように働いたらよいのかを第一に価値観を置く「価値前提」の考えになったことが最も大きな変革だと思います。
「お客さまにおいしさを お客さまにまごころを ねぎしはお客さまのためにある そして お客さまの喜びを自分の喜びとして親切と奉仕に努める」という経営理念や、「ねぎしの思い(経営の目的)」「基本行動」などはそこから明確になっていきました。
一般に、飲食業は従業員の定着率が低く、常に募集をかけなければ人が集まらない業種もあるそうですが、「ねぎし」の定着率は高く、多くの社員が働きがいを感じているといいます。その秘密の一つが独自の人事考課制度にあります。
他にも人事制度でユニークな改善をしています。人を育てた従業員ほど高く評価されるというもので、これは他にない独自の制度だと思っています。
従業員が辞めていく理由の七割は人間関係なんです。しかし、人をどう育てたかを人事評価に盛り込むことによって上司は自ずと部下に関心を持って近寄り、教育し成長させていくことになります。そうすれば人間関係は円滑になり、社員の定着率は高まり、冒頭に申し上げた人手不足という問題も解決することになります。社内の人間関係がよくなってこそ、お客さまの喜びを自分たちの喜びとし、親切と奉仕に努めるという経営理念が実現できるんです。
このほかにも、「ねぎし」には本社がないなど様々な経営の特徴があります。企業を活性化に導くヒントが盛り沢山です。
(本記事は『致知』最新号2018年8月号 特集「変革する」より一部抜粋したものです)
◇根岸榮治(ねぎし・えいじ)
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昭和15年福島県生まれ。東京で大学卒業後、43年帰郷。45年ねぎしフードサービスを立ち上げ多業態の飲食店を展開。56年から牛たん「ねぎし」を東京・新宿を中心に店舗展開している。