2021年06月15日
1980年代後半、大手自動車メーカー・N社は経営の危機に直面します。同社が当時抱えていた借金は1.5兆円。1日に100万円ずつ返済したとしても、実に5,000年かかるという気の遠くなるような額です。しかし、N社はその莫大な借金を、僅か4年足らずという驚くべき短期間で返済するのです。そこにはどのような経営努力があったのでしょうか。V字回復の全貌を知る元社員で、静岡大学大学院教授の舘岡康雄さんに教わります。
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トップダウン方式の限界
まずは、N社が取り組んだ自動車の開発期間の短縮に触れておきます。お客様の好みが多様化し、商品のライフサイクルが短くなったために、40か月掛かっていた開発期間を30か月に短縮しなくてはいけなくなりました。この時、N社の各部門はトップダウン方式で期間短縮に取り組むようになります。
〈舘岡〉
自動車は普通、3年半後にどんな車を出すのか、どんな車がヒットしそうかを企画部門が考えます。造形部門がそれを1分の1クレイモデルに落としこみ、設計部門が図面を描き、試作部門が試作品をつくり、実験部が実験をして、すべての性能が確かめられると、生産部門が工場にラインをつくるのです。
それぞれの部門が頑張ったとは、例えば1台の車をつくるには数十万枚図面が必要ですが、同じような構造は標準図面としたり、前型車の図面を流用したりして、枚数を減らしました。試作部では、型を7,000個くらい削るのですが、高速加工機を開発して短くしました。
工場はカイゼン活動を行って40か月かかっていた開発期間を30か月に短縮することに成功。まさに自部門の問題を自分の努力で解決できた時代です。
しかし、次に30か月を20か月にしようとした時、従来のトップダウンのやり方は通用しなくなりました。なぜなら、各部門は考え得る限りのことはやり尽くし、残された改善の余地は少なくなっていたからです。ではどうしたのか?
〈舘岡〉
自部門の努力はそれぞれやり尽くしましたから、今度は相手部門と自部門の間の問題を解こうということになったのです。
ところが、生産部門の長は試作部門の社員に命令権はありません。その逆もしかりです。ですから、対等な立場で、従来別々の部門で別々に活動していた部門が「重なり」を創って、互いに配慮、思いやりながら間の問題を一緒に解決しました。
「してもらう」「してあげる」を繰り返す
世界一のV字回復を成し遂げる上でも、N社はあるダイナミックな改革に取り組みます。人事部門に移った舘岡さんは、その改革の全体をまとめる立場に選ばれたといいます。
〈舘岡〉
N社はこの時、若手200人からなる『クロスファンクショナル・チーム』を発足させました。これは全社的な課題を解決するために、部署や役職を超えて改革に必要な人材を集めたチームです。そして、若手200人が決定したことには、役員を含め幹部は口を決して挟めませんでした。
集められたのは、問題意識が高い個性豊かな社員ばかりでしたが、それでも各部門の利害に引きずられていて最初は本当の議論などできません。
具体的なことは情報の秘匿の観点から語れませんが、しかし、いろいろなことがあり一体感が生まれ、胸襟を開いてともに会社を立て直す解決法を探り、タイムリミットの2か月後には計画案をつくり上げたのです。ここでも従来重なりのなかった人々が重なりを創って、互いを慮りながら、寄り添い合って答えを生み出していったのです。
業績も劇的に回復し、5,000億円以上の最高純利益を翌年以降6年間連続して出し続けます。部門がそれぞれの立場ばかりに固執していては、経営はさらに悪化していたことでしょう。
N社の奇跡は、まさに社員の意識の変革の賜と言っても過言ではありません。それぞれの個人がそれぞれの立場で意識を変えるという難しいことを行えたということは本当に素晴らしいことだと思います。
舘岡さんは、N社のV字回復をもとに、これまでになかった新しい学問を編み出されました。それがSHIEN学です。
SHIENとは支援と同義ですが、支援には強い者が弱い者を助ける、といったような一方的なイメージがあるために、あえてローマ字で表記したのだといいます。
部門や個人がお互い対等な立場で「してもらう」「してあげる」関係を繰り返すことで、事業は大きな飛躍をもたらすというのが、舘岡さんの辿り着いた考えなのです。
(本記事は月刊『致知』2018年7月号 特集「人間の花」より一部を抜粋・編集したものです) ◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。 ≪「あなたの人間力を高める人間力メルマガ」の登録はこちら≫
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昭和28年東京都生まれ。東京大学工学部卒業後、大手自動車メーカーの材料研究所に勤務。研究開発部門、生産技術部門、購買部門、品質保証部門を経て人事部門時代には会社再建のエッセンスをまとめあげる。現在静岡大学大学院教授。著書に『利他性の経済学』(新曜社)『世界を変えるSHIEN学』(フィルムアート社)『シナジー社会論』(東京大学出版会)など。