続「とと姉ちゃん」のモデルに迫る


昨日の続きをもう少しだけ。


NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」。

主人公のモデルとなった
大橋鎮子さんが語る
『暮しの手帖』の名編集長と謳われた
花森安治さんの魅力とは──。

────────[今日の注目の人]───

★ 怖さの魅力 ★

大橋 鎮子(暮らしの手帖社長)

※『致知』1995年6月号
※特集「情熱、情熱又情熱」

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花森さんで真っ先に思い浮かぶのは、
怖いということです。

これは私だけでなく、
全社員の印象でしょう。

例えばこんなふうです。

花森さんがお茶が飲みたいといいます。

お茶をいれてあげます。

すると、突然怒りだすのです。

怒られたほうは、
なぜなのかわかりません。

よく聞いてみると、

「ぬるいお茶を飲みたかったのに
 熱いお茶をいれるとはなにごとだ」

というわけです。


単に「お茶」というだけでは、
熱いのか、ぬるいのかわかりません。

しかし、そんなことは構わずに、
思いどおりにならないと
猛然と怒りだします。

こちらは、なにを怒っているの
かわからず、おろおろする。

それがいつものことでした。

そして、いったん怒りだすと、
もう仕事はなさいません。

締め切りが迫っているのに、
一週間も仕事を放り出された
こともありました。

といって、花森さん抜きに、
仕事を進めることなど
考えられません。

自分の目の届かないところが
一か所でもあったら、
承知する人ではないのです。

そんな花森さんをなだめすかし、
仕事に向かわせるために意をくだく。

それが私の仕事でした。

仕事の進め方も、自分の意の向くまま、
思いつくままです。


花森さんは、決して自分一人では
仕事をなさいません。

社員が書いた原稿をチェックするときも、
全員を集め、その前で、
赤ペンを入れていくのです。

いつ、どんなことで花森さんの
怒りが爆発するか知れませんし、
また、私たちに役に立つ話が
飛び出すかもわかりません。

その間、私たちは、花森さんの
様子をじっと緊張して見守ります。


花森さんの仕事に対する
情熱は掛け値なしでした。

「いい雑誌をつくろう」
「社員を鍛え、いい編集者に育てよう」

という気持ちは、
純粋そのものでした。


例えば、社員が書いた原稿のチェックです。

花森さんは原稿が真っ赤になるまで
赤ペンをいれます。

社員が書いた部分は、
文末の「です」「ます」と句読点だけ、
というのもオーバーではありません。

それぐらいなら、
花森さんが全部書き直せばいいのに、
決してそうはしません。

たとえ句読点だけでもきちんと残し、
「さあ、直した」といって
それを改めて清書させます。

そしてその原稿は、花森さんが
書いたと同然の原稿なのに、
その社員の原稿として扱うのです。

仕事への情熱がこの上ない
厳しさとなってほとばしり、
みんなを怖がらせますが、
それだけではありません。

その厳しい情熱には、
みんなを一人前の
編集者に育てようとする優しい
愛情が包含されているのです。

厳しさと優しさに裏打ちされた情熱。

それが花森さんのなによりの魅力でした。

だからこそ、花森さんに怒鳴られ、
肝が縮みあがるほど恐怖しながら、
だれもがついていく気に
なったのだと思います。