渡部昇一先生を偲ぶ

生き方


先生と初めて
お会いしたのは昭和56年。

先生50歳、不肖33歳。

以来36年、親しくご交誼
ご指導をいただいた。

先生は本誌の向かわんと
する方向を評価され、
『致知』の発展を心から
願ってくださっていた。

亡くなられたいま、
その恩徳の大きさ
深さに改めて思い至る。

本誌にとって先生は、
まさに恩師であった。

先生の思い出は尽きない。

特に鮮烈に残っていることが二つある。

一つは……


   ──最新号「特集総リード」より

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本誌(『致知』)の恩師であった
渡部昇一先生は、長年にわたり
『致知』を心から応援して
くださっていました。

最新号では多くの著名人からいただいた
追悼の言葉をご紹介しておりますが、
本日は、『致知』創刊35周年
特別講演会の折に開催された
「記念シンポジウム」で渡部先生が
お話しされたことの一部をご紹介します。

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日本人の道徳性、心というのは
世界的に突出していると私は思います。

大震災以来、世界の人もそれを
認めるようになってきたと思いますが、
その日本の心を本当に
継承している雑誌は
私の知る限り『致知』しかありません。

日本は仏教国ですが、
日本の仏教で一番偉い人でも
お釈迦さんよりは偉くないでしょう?

日本で漢文、儒学を
勉強した人がいますけれども、
孔子よりは偉くないでしょう?

日本の哲学者でうんと
偉い人がいるけども、
ソクラテスよりは
偉い人はいないでしょうね、そう思うと、
本当の一流はいないんじゃないかな
という感じもするわけです。


渡部先生


ところが、日本の道徳性はどう考えても、
世界最高の一つなんですね。

私は日本は世界中の常識を
180度変えたと思う。

というのは、日本はいま私が
言ったような考えを克服したんですね。

江戸時代に心学というのが出ました。

世界に類がないから、
あまり世界で取り扱われていないけれども、
世界が思想的にまともになるとすれば、
日本の心学が一番いいと思うんです。

心学は、まず人間には心が
あるところから始まるんです。

その心は日本では
三種の神器の勾玉に譬えられています。

玉のような心ならば
磨けばいいじゃないかと。

磨き砂はなんであるかといった時に、
仏教の教えでもいいし、
儒教の教えでもいいし、
神道の教えでもいい。

なんで磨いても立派な
教えで磨けばいいんです。

世界の宗教、哲学の常識を
180度変えた、というのはそこなんです。

キリスト教徒は
キリストに従うのがいい。

仏教徒は仏教の教えに
従うのがいい。

ところが日本の場合は
もう一つ高い視点があります。

まず人間に心がある
というのは厳たる事実です。

その心は磨けるものである、
という発想が日本にあるんですね。


これは勾玉がたまたま
象徴されたことから来たと思いますが、
いかなる違った宗教でも
立派な教えであれば、
自分の心を磨くことができる。

これは世界に誇るべきことですよ。

日本にはその考えを普及して、
日本人の全道徳水準を
上げた実績があるわけです。

ところが、野間清治が
亡くなってから出版界では
あまり実感されない。

それを『致知』は
受け継いでいるんです。

野間清治よりもさらに完璧に。

ですから『致知』こそ本当に
日本的な雑誌なんです。

『致知』を伸ばすことが
真の日本文化を高めること、
広めることの一番の根幹になる
と私は信じてやみません。