プロ車いすテニスプレーヤー・国枝慎吾選手を支えた「車いす界のポルシェ」誕生秘話

2016年に開催されたリオデジャネイロパラリンピックで、一躍注目を集めた会社があります。オーエックスエンジニアリング(千葉県)。車椅子テニスの国枝慎吾選手をはじめ、競技用の車椅子を製造・販売している会社です。元はバイクショップだったという同社はなぜ、車いす事業へと乗り出したのか。その美しいデザインで「車椅子界のポルシェ」と呼ばれる名品をつくり出した情熱の源とは。創業者のエピソードを交え、現社長の石井勝之さんに挑戦の人生を振り返っていただきました。

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経営者としての土台を培った20代の苦楽

車椅子界のポルシェ――。

そう称される当社の車椅子は、流れるような美しいデザインに、大きく傾斜した2本の車輪を携え、大胆なカラーリングが特徴です。日常生活用の車椅子だけでなく、競技用の製造販売にも注力し、そのシェアは国内で約8割を誇ります。

完全オーダーメイドで選手のこだわりに合わせ、1ミリ、1グラム単位で調整するほど精巧に製造しており、そこに一切の妥協はありません。

今夏のリオデジャネイロパラリンピックで銅メダルを獲得した車椅子テニスの国枝慎吾選手をはじめ、当社の製品を使う選手が積み上げたメダルの数は実に123個に及びます。

当社は1976年、父がオートバイ店として創業したのが始まりでした。人気店として絶頂の最中にいたある日、オートバイの試乗中に父が不慮の事故に遭い脊髄を損傷してしまいます。車椅子生活を余儀なくされたものの、既存の車椅子に飽き足らず、自ら納得のいく車椅子をゼロからつくり上げたのです。

斬新なデザインと機能性が評価され、その後、事業化。1995年には車椅子専門会社として完全業種転換に踏み切りました。

私は13年前に、「面白そう」という理由だけで入社を決め、創業当時からいる社員のもとで丁稚奉公するような形で働き始めました。

技術者の背中を見て覚えろといった世界です。社内の環境整備などに当たりながら、見よう見まねで仕事をする毎日でした。出荷に間に合わせるため、新聞配達が始まる夜明け前に帰宅し、朝8時に出社する生活を続けたこともありました。

仕事において社長の息子だからと優遇されたことはありません。むしろ、製品への思い入れが強かった父が強引に突き進んでしまうため、父に対する社員の不満や怒りの矛先は私に向けられていたのです。仲間と腹を割って話せない息苦しさを味わいましたが、一方で、ものづくりは楽しく、工場や店舗など、どの職場においても仕事に熱中していきました。

20代で経験した苦楽はすべて、経営者としての土台になっています。

突破口は○○たちのニーズ

入社から8年が経った2011年、会社に衝撃が走りました。

父にがんが見つかり、余命1年と宣告されたのです。そして急遽開かれた取締役会にて、次期社長に私が指名されました。

当時32歳。先輩役員が大勢いる上、入社時より「実力のある人間が社長になればいい」と考えていたため、その打診を一度断ってしまいます。

会社を継ぐきっかけになったのは、販売していた時の経験でした。現場でお客様から感謝の言葉をいただく度に、いかに私たちの製品がお客様の生活を変えるきっかけになっているかを肌で感じ、「この仕事を途絶えさせてはならない」と、社長になる決意を固めたのです。

父は夢とロマンを抱き、スピード感を持って世に新しい製品を打ち出してきた人でした。その存在は大きく、まだ若い自分にできることは何か、模索しながら社長業に取り組む日々でした。

それまでは父が「自分の乗りたい車椅子」をつくり販売していたため、市場調査などしたことがありません。営業と製造が互いに自分の主張を押しつけ合うような状況の社内で、私は互いの調整役に徹してきました。

そんな中、一昨年全く新しい製品ができあがりました。

その頃、営業が行っていた車椅子の展示会や試乗会に大勢の子供たちが遊びにきていたのですが、子供向けの競技用車椅子がなく、おすすめできる商品がありませんでした。成人用を改良してつくると手間とコストが嵩み、高額になってしまう。

「これでは子供たちに気軽にスポーツを楽しんでもらえない。低価格で子供たちの体に合った車椅子をつくれないだろうか」

お客様と接してきた営業だからこそ掴めるコンセプトが初めて出てきたのです。私も現場に足を運び、そのニーズを確信。商品化に乗り出しました。

創業者・石井重行の言葉

そうして生み出されたのが、子供用競技車椅子「WeeGO」です。可能な限り価格を下げ、カラフルに装飾した「WeeGO」は、当初の見込みの約6倍の売り上げを誇る事業に発展しています。営業が主体となり商品開発が進められたことは、当社が始まって以降初めてのことで、その喜びも一入でした。

当社の経営理念は、本田技研工業と同じ

創る喜び」「売る喜び」「使う喜び」が伝わる製品の提供

というもの。父が本田宗一郎に傾倒していたこともあり、これを根幹に、常に自分たちのあり方を模索してきました。

また、よく父から

「失敗しても面白いものをつくれ」

と言われてきたため、いまでも私たちにしかできないものづくりに挑戦しています。あるお客様のためだけに、年間数台しか売れないような商品を開発したこともあるのです。

車椅子はオートバイや車と異なり生活必需品です。そのため実生活における使いやすさだけでなく、お客様に満足していただけるかどうかが重要です。

利益だけを考え商売してしまったら、これまで技術力を追求し続けてきた私たちらしさは失われてしまうでしょう。未開の地に挑戦し続ける姿勢こそが「車椅子界のポルシェ」といわれる所以だと思うのです。

今後もその名に恥じないよう、まずは東京パラリンピックに焦点を定め、挑戦していきたいと思います。

(いしい・かつゆき=オーエックスエンジニアリング社長)

(本記事は『致知』2016年11月号 連載「致知随想」より一部を抜粋・編集したものです)

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