逸話に見る森信三師 十三歳の元旦

高等小学の二年、数え年十三歳の正月に、信三少年は例年の如く、養父に連れられて祖父の家へ年頭の挨拶に行きました。
挨拶が終わると祖父は、改めて「信、お前は今年いくつになったか」と聞かれました。
「ハイ、十三になりました」と答えると、祖父は「あ、そうか。十三という歳は、大切な歳だが知っているか」といわれ、傍らの硯(すずり)を引き寄せ筆をとり、何か巻紙に書いたかと思うと、「これが読めるか」と信三少年に見せました。

それは全部感じで書かれていて、とても読めそうもありません。
正直に「読めません」というと、
「これは頼山陽という詩人が、お前と同じ年の、しかも正月の元旦に詠んだ詩だ。
お前もしっかりせんといかんな」
といわれました。

そのとき祖父から示されたのは、頼山陽の「立志の詩」でした。
「十有三春秋、逝くものは水の如し。
天地始終なく、人生生死あり。
いずくんぞ古人に類して、千載青史に列するを得んや」
というものです。

それ以来、信三少年の胸中からこの詩が消えることなく、その後、五、六年の生徒たちと話をするときには必ずこの詩を引用しました。

(寺田一清編著『森信三小伝』より)

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