【WEB限定連載】義功和尚の修行入門——体当たりで掴んだ仏の教え〈第35回〉四万十川を横目に足摺岬へ急ぐ

小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。今回は、金光教会を発ち、降り始めた雪の中を四国最南端、足摺岬方面に向かいます。

親切なクルマの誘いを断る

金光教会を出発。峠を歩いていると雪が降ってきた。カッパを被って歩いた。雪はさらに積もる。一台のクルマが止まった。

「乗って行きませんか」

「いや、大丈夫です」

咄嗟(とっさ)に拒絶した。クルマは去っていった。

国道であるから、舗装道路。ぬかるみはない。雪の山道は静かだ。ポツポツ歩く。素直に乗るのが正解だったか? 

何者が拒絶したのか。乗れば私も助かる。楽も出来る。親切に声を掛けたドライバーも満足し、私からのお礼の言葉を聞くことが出来た。全てハッピーではなかったか。

行をしている。全国行脚という。そのプライドの為か……。クルマ、クルマと乗り次いで、それが行(ぎょう)になるか……。精魂尽き果てたのなら別だが。それとも修行者の性(さが)。業(ごう)が拒絶したか……。

寒いことは寒いが、雪景色も悪くはない。ともかく、歩いた。岩本寺(いわもとじ)さんで一泊した。

翌朝、寝床から立つと足が痛い。足首だ。金光教会さんで宿泊する前から、ちょっと痛みはあったが、見ると足の関節。その周辺が赤く膨らんでいる。まずい。大丈夫か。このお寺さんで回復するまで待つか。幾日か……。 

参ったな。それとも詩吟の先生に連絡をすれば来てはくれるが……。それも迷惑を掛ける。遺憾、遺憾。そういえば光永阿闍梨(みつながあじゃり)さん(千日回峰行者)が言っていた。〈行中に足を痛めた〉と。

行を始めたら断念は出来ない。断念したら死。そのために短刀を携帯している。だから、足を痛めても、その痛い足を踏みつけ、踏みつけ3か月比叡の山を歩きつづけたという。逆療法だ。そうしたら全快したという。

「そうか。行こう」

迷いは瞬時に消えた。昨日の雪がまだ残っていたが、出発した。足に痛みはあるが歩けないことはない。石段は何段あったか。錫杖(しゃくじょう)に体重をかけ、痛い右足を浮かせて下ろす。

それからまた錫杖に体重を掛け左足を下ろす。石段を下りた時にはそこそこ自信がついた。錫杖のお蔭だ。有難い。
空は青い。快晴だ。風はヒヤッとしているが、太陽に当たると暖かい。

「急ぐな。急ぐな」

自分を戒めながら、昼過ぎまで歩いていた。そしたら、痛みがスーと消えた。足を擦(さす)っても腫れていない。

「助かった」

一時はどうなることか。深刻ではあったが回復した。不思議なことに行を止めようとは何故か思わなかった。ともかくホッとした。

女将さんとの不思議な出逢い

水質が全国一という四万十川。都市化されない昔のままの風景。空があり土手があり川があり、その自然の風景が眼前に広がっている。

橋を渡り以布利(いぶり)に出た。そこは足摺岬の付け根に当たる。そこから左に南下すれば岬の突端に出るが、そこを西に進んだ。直進すれば土佐清水の市街地に入るが、その手前で左折。海辺の家を托鉢し足摺岬の西側を南下した。

片側一車線、道路は狭いが平坦である。時にクルマが来るくらいで静かなものだ。海側の崖、山側には雑木(ざつぼく)が茂り道路を覆っている。が、木漏(こも)れ日が差し込んで明るい。暖かい冬日和だ。

木々の小枝の合間に青空が、碧い海が見える。自然浴とはこうしたものか。爽やかである。

ルンルン気分であったが、4時になる5時になる。あたりはどんどん暗くなる。山の中、街灯はない……。夜空のわずかな明かりだけが頼りだ。まだか、まだかと歩き続けていたら、突如、釣り船の宿があった。ここならと、

「今晩、泊めてもらいたいのですが」

声を掛けたら、「いっぱいです」とそっけない。それにしてもその応対に愛想がない……。多少ムッとしながらも、仕方がない。

また、黙々と山道を歩く。しばらくして、そうか、私は坊さんだ。坊さんは釣った魚は海に放せ。殺生を嫌う。ひょっとしたら、釣れる魚も釣れなくなる。坊さんを泊めたら釣れなくなる。

そういうことか。妙に納得したが、山道はまだ何処までも続く。それからどれほど歩いたか、視界が開けて眼下に家が見えた。ようやく岬の突端に出た。

曇っていたのか夜空に星はない。夜道は暗く、人の気配もない。先に進むと左手に大きな旅館があった。

「民宿のほうが……」と思いつつ通過しようとした。その時、その旅館の右手からひとりの女性が現われた。咄嗟に反応した。

「宿泊できますか」

「どうぞ、お安くしときますよ」

女将さんか……。このご縁でこの旅館に宿泊した。この旅館の前を2秒、3秒か、歩いた。その時、女将さんが出てきた。その絶妙のタイミング。

偶然といえば偶然だが不思議といえば不思議。旅をしているとこうした不思議なご縁にしばしば出逢う。

つづく

〈第36回〉土佐清水で巡り合った人々とのご縁

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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。

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