2019年05月15日
小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。今回は、須崎市内のトンネルを抜け、商店街を経て金光教会に向かいます。
頭から「宗派」も抜けた素直さ
35号線を西へ。須崎市の商店街を抜け……いつの間にか山道に入りトンネルを抜けた。人家はほとんどない。地図を見ながら国道を左に折れ久礼(くれ)の商店街に向かった。
自転車に荷物をいっぱい載せ、それにビニールを掛け押していたおじさんがいた。八十八ヶ寺をこうして廻っているという。寝たい時には毛布をかけて何処でも寝るという。
なるほど宿泊代は助かるが、この寒さ……これは厳しい。とても私には出来ない。お大師さまは野に伏して眠り、橋の下で雨露を凌いだという。それも行だ。
久礼の商店街にあったお弁当屋さんで旅館を尋ねた。親切なご主人であちこち電話をしてくれた。しかし、全て駄目だ。知り合いの民宿があるからと、そこにも電話をしたが駄目。いよいよ窮した。そうこうするうちに
「金光教会はどうですか?」
と提案してきた。
「はい。結構です」
素直に返事をしていた。宗派も頭から抜けている。淡路島の生福寺の住職が〈素直に受けるんですよ〉と戒めた。今の自分は無意識にそれを実践している。そこに気がついた。
全国行脚も終ってからのことだが、無門関をしばしば読んでいた。そこに第二十二則迦葉刹竿(かしょうせっかん)という公案がある。
そこに迦葉尊者と阿難尊者の禅問答がある。この行脚の場面と似ていると思った。そこにこうある。迦葉尊者はお釈迦さまの仏法を継いだ二代目である。阿難尊者はまだ悟っていない。
阿難「あなたはお釈迦さまから悟りの証明として金襴の衣を授かった。他に何をお釈迦さまから授かりましたか」
迦葉尊者の返答が次にある。
迦葉「阿難よ」
阿難「はい」
これだけだ。問答はこれで完結している。豆腐に釘を打ち込むようなもの。取っかかる手掛かりがない。が、この時、〈この公案の鍵は素直な心だ〉。それが仏だと閃(ひらめ)いた。
久礼の場面も同じだ。宿がない。困った。それを心配したお弁当屋の主人が、次々電話をしてくれた。その姿を見て私は信頼した。そこで、素直に金光教会を受け入れ〈はい。結構です〉と返答している。
この叔父さんを信頼しているから、宗派など如何でもいい。お弁当屋さんの御主人に素直にゆだねている。金光教会のことなど何も知らないのに。ここが仏だ。
無門関のことはともかく、夜道を金光教会に急いだ。普通の家である。
「こんばんわ」
50代の男性が出て来た。私は剃髪し墨染の衣、脚絆をつけた僧侶。その私を見た瞬間、ハッとして動きが止まった。しかし、私はすかさず用件を切り出した。、
「今晩、泊めて頂きたい」
すると、
「どうぞ」
と中に入れてくれた。
信者には心があると実感
昔の家そのまま。それほど大きくはない。祭壇をお祀りしている部屋に案内された。教会といっても質素である。つましい。リュックを下ろし脚絆をとり、出された座布団に据わると、
「食事にしましょう」
と机を引き寄せた。そこに、お茶が出され、おかずが3点ほど並ぶ。そして、茶碗に白いご飯が盛られた。
「頂きます」
その茶碗を取ってご飯を口に入れた。それが
「旨い」
決して貧相な味ではない。いや、上等だ。オカズにしても高価とはいえないが旨い。
「美味しいですね」
「お供え物です」
控えめに語る。ここの信者さんには心がある。俄然、興味が湧いた。私を接待した男性は金光教の先生で独身だ。生活は豊かとは思えない。
「托鉢をするのですか」
「しません。お供え物だけです」
そこまで徹底している。偉いものだと感心した。こんなことから打ち解け、金光教の教えを聴かせて頂いた。
「有難う」という感謝する先生がいた。その先生は何でも「有難う、有難う」と一日中言っている。
歩ける、有難う、座れる、有難う。目で見える、耳で聴こえる、有難う。掃除が出来る、仕事が出来る、有難う。太陽が、月が、星が美しい、有難う。ここに徹底する修行だという。
もうひとりの先生は「すいません」と謝罪する先生だと。何でも謝る。戸をガタンと閉めればすいません。靴を履けば重たいでしょう、すいません。雑巾がけをすれば十分出来ないですいません。
一日中謝罪する。そこに徹底するのだと。私はこれは面白いと思った。およそ宗教は結局のところ、素直に感謝する。素直に謝罪(懺悔)する。それしかないのではないか。
つづく
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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。