2019年04月03日
小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。
今回、12月の寒空のもと、宿坊に一泊し、さらに先を急いだ。
「今月1日だけ」空いていた偶然に感謝
遍路道を行くと駐車場があった。着いたなと階段を上がって本堂の正面に立った。辺りは闇である。物音がしない。シーンとしている。左側の自動販売機が一つ。白い明かりを放っている。それだけだ。下りてきたクルマが『大丈夫かな』と漏らしたその意味を悟った。ともかく本堂前でお経を上げた。夏なら雨を凌いで何処でもいい。
坐ってウトウト眠ることも可能だが、今は12月。寒い。どうするか? 焦るな! 慌てるな! と自分を戒め、ゆっくり境内を歩いた。もとより山の中だ。自動販売機の横に立つとその眼下に建物が見えた。庫裏(くり)だろうか? ともかく、行って見よう。
わき道を下って行くと大型バスが止まっている。脇を見ると、ここは宿坊か? 玄関に入って、声を掛けると若い修行僧が出て来た。用件を告げると、ここの住職のおくさんだろうか、代わった。
「泊めて頂きたいんですが」
というと、一瞬、口を閉じられたが、
「う~ん。もう暗いし。どうぞ」
と許可を頂いた。建物の中を後についていくと、天井から畳にかけて疵や汚れがない。何から何までまっさらだ。ふろに案内して頂くと
「(この会館は)4月から始める予定でしたが、智積院さんが是非にと云われまして、今月1日だけ開けたんです」
という。智積院さんでの修行を終えて、その最後に八十八ヶ所巡り。そのたまたま開けた宿泊の日に私が。偶然といえば偶然だが、この偶然に感激した。これも御大師さまの御蔭か。風呂でゴシゴシ体を洗いながらも、また御膳を頂きながらも、またきれいな布団にもぐりこんでも嬉しくてうきうきしていた。御大師さまがすぐそこに居られる。そんな感覚であった。感謝、感謝、感謝…そのまま眠りについた。
翌日は、朝のお食事を頂き丁寧にお礼を申し上げて出発した。
詩吟の先生のお宅①
それから二泊し、三ヶ寺巡拝して、高知市内に来た。室戸で出会った詩吟の先生が〈高知に来たら是非来て下さい〉と、住所と地図を頂いていたので、その紙を見ながら国道を左に折れて海に向った。片側一車線の旧道である。畑がありポツポツ家がある。しばらく行くと一戸建ての家が次々並んでいる。表札を確認してベルを押した。
ドアが開いて、ご主人が
「あぁー、どうぞ、どうぞ。お坊さんが来たぜ」
と声を発して、奥を振り返った。ご主人も詩吟の先生。だから、ご夫婦で詩吟をしている。玄関を上がるとそのまま二階に通された。
「ここを使って」
と私に部屋を提供してくれた。すぐ風呂にと言われ、汗を流していると
「全部洗濯しますよ」
と私の黒衣、白衣から下着。脚絆、靴下に至るまで全部を、洗濯機に入れて洗濯を始めた。風呂から上がってご主人のホームウエアーを借りて居間に入った。
大きなテーブルが部屋の中央にある。そこに据わった詩吟の先生は忙(せわ)しく電話をしている。やがて、お客さんが次々来た。そして、私を紹介する。ともかく賑やかである。
ご馳走が並ぶ。来られたお客さんと一緒に晩の食事。終わると隣の部屋で詩吟が始まった。私も参加し、一人ひとりが詩を吟じ、その批評をする。それが終わるとワイワイ、ガヤガヤ話題がポンポン飛び交い夜も更ける。
翌日、仏壇をお借りしてお勤めをすませ、朝の食事を頂くと
「お経上げて欲しい」
といって三軒の名前を上げた。詩吟の先生と一緒にクルマでご供養に廻る。仏壇でお経を上げると『(霊が)合掌してお礼をいってる』とか、『(霊が)高いところえ上がっていった』とか解説をする。死んだ霊が話す。これには衝撃を受けた。通常ならば法事、葬儀、一周忌などお経が終われば、それまで。法話はするが、死んだ霊が〈こう言ってます)。そんな話はしない。しかし、そこにいる霊が語るというのだから注目する。面白いといえば面白い。お経を上げれば、その結果がすぐ分かるのでやりがいはある。
クルマで移動していると
「ちょっと待って、神さんがこの道を右に行けという…うん、そっち行って。あぁっ、そこそこ。そのお堂。穢れとるからお祓いして」
クルマを下りてお経を上げると
「すっきりした」
そんな具合だ。
「その神さんて何?」
と私が質問すると
「知らん。何か私にも分からんのよ」
と素直である。事実、聴こえるのであろう。話す様子に嘘はない。そう思う。
つづく
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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。