【WEB限定連載】義功和尚の修行入門——体当たりで掴んだ仏の教え〈第24回〉歴史と文学と自然が一体となった街

小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。今回、義功和尚は尾道の街を歩きながら文学の世界に思いを馳せます。

三原から尾道市、そして岡山へ

 三原市から尾道市に来たが、宿泊先が分からない。観光案内の看板を見ていたら、海に浮かぶ小島には民宿が幾つもある。尾道大橋がその島に架かっているから、これなら行けると歩き始めた。

 途中、泰平旅館という一軒の旅館があった。駄目でもともとと気軽に尋ねた。それが、値段もほどほどスンナリ宿泊が決まった。2階の部屋に案内された。が、階段にしても、廊下にしてもとにかく狭い。また、鴨居が低い。ただ窓から外を見ると、瀬戸内海。眺めは抜群である。ご主人がポットを片手にお茶を持って来たので訊ねた。

「この旅館は古いのですか?」

「建物は百十年前のものです」

「ほう」

 忘れた記憶を手繰りながら、1904年が日露戦争なら日清戦争頃か。明治の建物。それで全体に小造りなのだ。納得した。

 ポツポツ話していると大林宣彦監督の映画『転校生』はこの尾道が舞台だという。

「そうか。ここか」

評判の映画でしたから興味が湧く。

「母もエキストラで出演しまして。監督、撮影ボランティアの方々もここに泊まったんです」

 御主人は楽しそうに語られる。私は出家して以来15年。映画を見ていないが、見たくなるから不思議である。これもご縁だろうか。

 翌日はこの尾道市を托鉢した。国道2号線が東西に一直線に走っている。その南側に人家はあるが、概ね海。北側は山である。その山の裾が細長い平地になり、住居が密集している。どこまでが尾道市か定かでないが、この市に寺院が52ヶ寺もあるという。これには驚いた。だから、歩けば次々寺にぶつかる。

 何故こんなにあるのかと不思議に思って聞いてみると、ここは平安時代からの港町だという。当時、今もそうだが大量輸送はやはり船である。その中継地がここだ。大いに繁栄したらしい。

想像するに倉庫や回船問屋が軒を連ねて賑ったのではないか。当然、巨利を得た豪商が次々生まれた。しかし、船には海難がつきものである。船が水没すれば破綻は必死。そこで商人たちは競って菩提寺を建立し、航海の安全と家門繁栄を祈り、先祖供養に励んだ。現在見る寺町は当時の名残であろうか。

 急な山路を登ると中腹に家屋がある。志賀直哉がここで『暗夜行路』を執筆したとのこと。この作品の印象は希薄であるが、彼の作品『城之崎にて』には感動した。文章が簡潔で的確に表現されている。しかも、その言葉には独特のリズムがあり、スルスルと作品に引き込まれる。やはり天才だ。

 また、ここから眼下を眺めると絶景である。晴れていたので大空には白い雲がぽっかりと浮かんでいる。海には島、小船が走っている。額縁をおけばそのまま一幅の絵になる。しかも、瀬戸内海の気候は温暖で、海からは新鮮な魚貝類、山や畑には山菜や野菜と豊かな自然に恵まれている。住むには持って来いである。

そうそう『放浪記』で一躍有名になった林芙美子もここの高等女学校出身である。ここは歴史と文学と自然が一体となって多様な世界が折りなす面白い街である。

外国人ばかりの禅寺

 岡山市に入った。ここには岡山藩主池田家の菩提寺曹源寺がある。臨済宗の名刹である。

住職は原田正道老師。私が祥福僧堂でお世話になっていたご縁で立ち寄った。玄関で用件を述べるとプリシラ(アメリカ人)さんが出て来られた。祥福僧堂でご縁の女性である。陶芸から禅に興味をもたれたが、原田老師が曹源寺に入寺されて依頼、この僧堂で修業をしている。修行は長い。

 実はここの僧堂は変わっている。何が変わっているか? 雲水が20名30名と居るが外国人ばかりである。無論、剃髪をし墨染めの衣を着ている。

禅はグローバルである。その魅力に惹かれてか、若者が世界各国から来る。それも名門大学卒というエリートだ。それがやたらと多い。しかも、その求道心は日本人の雲水の比ではない。燃えている。必死に何かを求めている。

 私が祥福僧堂にいた時、スペインの雲水がいた。何処で禅に惹かれたのか、定かではない。が、リュックサック一つで日本に来た。日本語はしゃべれない。それでも僧堂の雲水になった。その向こう見ずなバイタリティというか、その逞しい根性には感服したものだ。

朝課(朝のお経)に参加させて頂いたが、外人さんの経本はすべてローマ字である。聞いていている分には、日本の僧堂と同じである。違和感はない。外国人特有のイントネーション。これもない。なかなか素晴しい。

 この僧堂にはいろいろなエピソードがある。祥福寺の老師がこの曹源寺の玄関に立った時のこと。

「ほう、真っ黒い立派な仏像がおいてあるわ」

瞬間、そう思ったそうだ。そしたら、その仏像がいきなりしゃべった。それにはびっくりしたという。実はインドから来たボーディという雲水が、玄関できちっと正座して、お迎えに出ていたとのことだ。

 また、典座(てんぞ)〈台所〉も外人さんが受け持って食事を作る。夏になれば冷奴。僧堂でも良く使われる。ところが外人さんとは感覚が違う。白い豆腐の上に生姜。それに醤油をかける。これが日本人なら常識である。ところがこの豆腐の上にマヨネーズがのる、粉チーズがのるという。

うどんやそば、これも日本食の定番だ。茹で具合はもとより、そのつけ汁たるや甘いの辛いの酸っぱいのと。表現のしようもないとか。曹源寺の老師が神戸の祥福僧堂でうどんを頂くと

「うまい、うまい」

と目を細めて喜ばれ、何回もお代わりをしたそうである。老師も大変である。

つづく

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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。

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