【WEB限定連載】義功和尚の修行入門——体当たりで掴んだ仏の教え〈第9回〉寡黙な母は温かく迎え入れてくれた

小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国托鉢行脚を行うという大変ユニークな経歴の持ち主です。義功和尚はどういうきっかけで仏道を志し、どのような修行体験をしてこられたのでしょうか。WEB限定の当連載では、ご自身の修行体験を軽妙なタッチで綴っていただきます。

故郷での墓参

 話がわき道にそれました。ともかく羽田から浜松町、東京駅で乗り換えて、中央線の電車に揺られ、夕方高尾駅に到着した。ここまでは関東平野ですから平坦です。しかし、ここから電車は次々トンネルを抜け、山間(やまあい)を走る。車窓から見える懐かしい風景が心に染みる。故郷に帰ったんだ。その感慨が胸を突き上げる。

 私の家は相模湖の駅から1分、昔と同じたたずまいの酒屋である。母や姉、たちは笑顔で迎えてくれた。

 私が出家した後、母は大変でした。1人で頑張って店を経営していましたが、いつまでも続くものではありません。困って私の姉とその息子を郷里に呼んで、経営をゆだねたのです。私が僧侶になったことは、ただ私が居なくなっただけではない。姉たちの人生を根底から覆してしまった。姉の家庭には葛藤と苦渋の選択があったはずだ。夕食を共にした時、私の胸中はおだやかではありません。しかし、姉たちはそのことには一切触れなかった。世間話をしながら食事を頂いた。有難かった。感謝の一言に尽る。

 その夜は母と布団を並べて寝ました。寡黙な母はその感情を表情に出すことはありません。しかし、帰って来て良かった。それが実感でした。

 翌朝のこと。母はまだ外が暗い中に起き上がると、着替えを始め布団をたたみ始めた。私も起きて着替えると、お墓参りに行くという。母は下駄箱から運動靴を出して履くと手袋をはめた。籠を手に取り裏のガラス戸を開けて外に出た。

 私も黙ってあとに従った。寒かったのを覚えている。10月も終わりだった。町並みを抜けて誇線橋(こせんきょう)を渡ると線路の北側に出る。舗装道路を左に折れて進むと勾配が急になる。その道の突き当たりに菩提寺がある。その境内で水道の蛇口をひねり桶に3分の2ほど水を満たした。私がそれをもって母の後につき、山の斜面にある墓地に向かう。その急な坂道をポツポツ上って行く。途中左手には苔むした貯水槽に山水が溢れている。澄んでいてヒヤッと冷たそうだ。その横を過ぎて右に折れるとまっすぐ東に進ん行く。そこに小林家の墓地がある。

 その墓地の石段を上ると母は軽く頭を下げ、籠の中から白いタオルを取り出した。そして小林家先祖代々の墓石を丁寧に拭き始めた。花の水替えをし水盤に水をためた。それが終わると柄杓(ひしゃく)で桶の水を掬って墓石の上から何べんもかけた。お清めだ。私もかけた。母は籠から1束の線香を取り出して私に手渡すと、1枚の新聞紙をクシャクシャにしてマッチで火をつける。その炎に線香をかざして点火。小林家の墓石の線香立てにまとめて差した。墓石は沢山あるが祖父、祖母、父と戦死した叔父の前には改めて1本ずつ立てていく。終わると小林家の墓石の前に戻り丁寧に合掌して祈る。私も手を合わせ目を閉じた。

私は小林家の長男に生まれ出家した。しかし、その御恩まで忘れたのではない。出家した者がその御恩にどう報いるか。その1つは道を外さないことであり、もう1つはその道を成就すること。それに尽きる。その覚悟をひたすら祈った。あたりはすっかり明るくなっていた。

 このお参りには1時間掛かった。これを母は毎朝繰り返していたのだ。その契機をつくったのはこの私である。長男で未熟者である私が、周囲の賛同を得ないままに突進し出家したことである。心配した叔母が紹介したのが高野さんである。母は困ると相談していたのではないか。

 ある日のこと。高野さんと電話で話をしていた時に、
「朝、店の前を見て御覧なさい。花束がありますよ」
と不思議なことを言われたそうだ。霊感である。母は半信半疑ながら、翌朝見に行くと、花束があった。驚いた。それから高野さんをすっかり信頼するようになったようだ。また、先祖の墓参りをしなさいとも言われた。

 それは今も続いている。10年になるだろうか。雨が降ろうが台風があろうと1日として欠かしたことはない。その後も続いた。転んで足を痛めるまで続いたから20年以上は続いていたはずだ。この一途な信念はどうやら姉にも私にも受け継がれているようだ。

 その日は13年ぶりに親戚のご挨拶に回り、翌日の飛行機で鹿児島に戻った。行脚の準備は整っている。

いよいよ全国托鉢行脚へ

 平成5年10月25日、朝6時に鐘楼に上がり鐘を打った。それから本堂に直行。護摩行で煤だらけになった本尊不動明王の前に着座し、行が無事成就されることを祈った。部屋に戻り手甲、脚絆をつけ腰上げをして行者足袋に足を入れた。リュックを担ぎ輪袈裟を首にかけ、左手に数珠、右手に錫杖。一緒に行をし共に宿泊している孝憲さんが、見送りに来て励ましてくれた。いよいよ出発である。7時45分最福寺を後にした。

 澄み切った青空のもと網代笠を被り錫杖をつく音を聞きながらポツポツ歩く。日差しは暖かく、ポカポカの絶好調。家があると托鉢をし、錦江湾に浮かぶ桜島の噴煙を見ながら続けていると、アッという間に12時を回り時計は一時を指していた。昼はと思ってもあたりに食堂はありません。この頃はまだコンビニはなかったのです。一番安いうどんが400円。ただ難問は宿泊代。幾らになるか。う~ん、あれこれ考えると400円も貴重なお金だ。疎かにはできません。どうするか・・・。しばらく考えて、そうだ、アンパンだ。これなら100円だ。牛乳もあるか。昼はこれでいこうと腹が決まりました。

つづく

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小林義功

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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。

〈第10回〉桜島を横目に、ただ黙々と

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