【WEB限定連載】義功和尚の修行入門——体当たりで掴んだ仏の教え〈第2回〉僧侶になるまでの紆余曲折

小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国托鉢行脚を行うという大変ユニークな経歴の持ち主です。義功和尚はどういうきっかけで仏道を志し、どのような修行体験をしてこられたのでしょうか。WEB限定で新たに配信する当連載では、ご自身の修行体験を軽妙なタッチで綴っていただきました。今回は僧侶になるまでの人生の煩悶、心の葛藤について述べられています。

知性とは?

 私は高校時代から「人生とは?」「真理とは?」を必死に考えた。「人生とは何か?」その難題にフラフラになっていた大学時代のことである。私は何となく大学の地下室に下りた。右奥が食堂である。そこから鍵の手に学生のたまり場で、1つのフロアーになっている。仕切りがない。足の短い机やまた長椅子が無造作に置かれている。だから、学生たちがグループであるいは1人でも2人でも自由に使用できる。

 私はその雑然とした人混みが好きだ。空いている椅子を見つけて坐った。すると頭が・・・勝手に回転を始めるのだ。・・・分からん。真理などあるか。人生の意味などない。と叫んでいる。高校から大学2年に進級した。それまでどれだけ考え頭を絞ったことか。もう駄目だ。この意味のない人生をまだ生きるのか。これは耐え難い。といって自分で死ぬ。・・・その勇気もない。何だっていい。したいことをすればいい。それが人生だともいえるが、果たして、この世で心を躍らせるものがあるか。ただ虚しいのだ。視線を天井に向けるとタバコの煙が厚く立ち込めている。私はそれをボウ―と眺めていると涙が溢れてくる。人生に絶望している人間に、何故涙が出るのか? ・・・その時のことだ。頭に何かが閃いた。視点が宙で止まった。そうだ。全ては知性なのだ。人生はつまらぬもの、意味がないと宣告したのはこの知性だ。知性がそう判断したから深刻に今も悩んでいる。・・・この知性は一体何者か。この知性が間違っていたら、全ては間違いになる。ならば、この知性を目の前に置いてじっくり観察して見なければと考え始めた。そして、考えているうちに・・・あれ可笑しいぞ。別の知性が出現して目の前の知性を観察している。知性を知性が観察する? これって何? これでは知性を観察しようがない。

 そう、知性は当たり前に使っていたが、摩訶不思議なものだと気がついた。その頃のこと。その前後、否、後のことか。やはりこの地下室で座っていた。その時のことだ。天井の青白いタバコの煙を見ながら・・・。知性も真理も分からん。もう駄目だ。これ以上は一歩も進めない。正体が分からぬ知性。それにゆだねるか、いっそ捨てるか。いや、どちらの判断も、やはり知性の判断だ。ウッー。人間はこの正体不明の知性にゆだねて生きているのだ。・・・参った。如何すればいいのか? 全身の力がストーンと抜けた。どのくらい時間がたったか。

 何故か幼稚園の砂場で遊んだ記憶がフゥーと蘇った。何で浮かんできたのか分からないが。砂で山を作り。渦状の道を作った。そこに泥で固めたボールを転がして遊んだ。夕暮れ時のことだ。面白くて暗くなるのも忘れていた。あの時は楽しかった・・・。と思ったその時のことだ、『アッ』と声を発した。自分は、真理は? 人生は? と知性で納得できなければ生きられないと本気で思っていたが、それは違う。そうではない。人生が分かる分からない以前に自分の本心は人生を楽しく生きたいのだ。頭のモヤモヤが瞬時に吹き飛んだ。天にも昇る勢いであった。

次なる難問

 この時期いろいろと重なっている。前後の関係は鮮明ではない。多少ダブってくるがお許しを願う。すでに記したが人生は? 真理は?と探求しても埒があかない。分からないままに布団に入る。すると何故か頭が冴えてくる。深夜、答えが出るかと夢中になる。そして、気が付けば朝だ。それが毎日だ。だから、睡眠不足が重なった。何年も・・・。大学2年になった頃、その不眠がたたったか、歩くのも覚束なくなった。

 JR御茶ノ水駅から大学に向かうのだが、身体がふわふわ宙を漂う。そんな感覚に襲われた。大学の前に鉛筆のように細長いビルがあって、そこにネラン塾があった。遠藤周作と親交の深いG・ネラン神父が開設した塾である。手すりにつかまり乍階段を上った。4階だが息が切れる。こんなことは今までなかったが、休み休みどうにか上った。部屋に入り椅子にドッカと坐り、落ち着いたので、テーブルにあった新聞を見た。『えっ~』、活字が読めない。思わず息を呑んだ。目を閉じて再び目を開いた。何とひとつひとつの文字がつながっている。いくら目をこすっても紙面には直線ばかり。平行に並んでいる。それだけだ。『どうしたことだ? 私は廃人になるのか・・・』と強烈な恐怖に囚われた。このままこの生活を継続すると間違いなく破滅すると。

 その頃のことだ。三省堂で沖正弘氏のヨガの本を見つけた。これはいいと、伊豆の道場で1週間過ごした。そこで断食や水行、玄米食を覚えて、家に帰りそれを繰り返し実践しているうちに、次第に体力は回復した。

 ところが次にまた難問が出来。スバル360がヒットしてから空前の自動車ブーム。友人は車の車種に詳しい。クルマが走り抜けるとあれはスカイライン2000GTだ。あれは性能がいいと解説する。一応はホウ~とかフ~ンとか適当に口裏を合わせるのだが、私には興味はない。無視も出来ず会話を合わせるのだが、それが苦痛である。映画、旅行、何もかも私には興味がない。それを続けていたら。相手の言葉が頭に入って来なくなった。分からないままに返事をするから会話が混乱する。それが苦痛になり苦悩になった。

つづく

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小林義功

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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。

〈第3回〉出家すれば「苦」は解決できるのか?

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