【取材手記】夢はこうして現実になった ロボット工学の世界的権威と全盲の先端研究者が拓く未来(金出武雄×浅川智恵子)

~本記事は月刊誌『致知』2026年11月号 特集「夢なき者に成功なし」に掲載の対談(前人未到の地平を拓く 不可能を可能にする生き方)の取材手記です~

バラバラな点が一つの線で繋がる

「夢なき者に成功なし」

今号の特集テーマが持ち上がったのは、7月ごろだったでしょうか。いつものように、編集会議で各部員が持ち寄った人物の中からラインナップを固め、順次取材の依頼を進めていきました。ところが、ご多忙で近々の取材が難しい方も多く、何度かにわたって会議をし、このテーマに相応しい方々を探す日々が続いていました。

まさにその最中でした。過去、それぞれ別の号へご登場いただいた世界の先端を行く研究者お二人が、師弟関係にあることが話題となり、対談企画が持ち上がったのです。

その二人とは、ロボット工学の世界的権威であり、カーネギーメロン大学創始者記念全学教授の金出武雄さん。そして、日本人女性として初めてIBM社のフェローを務め、同じく日本女性初の全米発明家殿堂入りを果たした日本科学未来館館長・浅川智恵子さんです。

金出さんは、遡ること16年前の『致知』2010年9月号に、浅川さんは3年前の2023年10月号に登場されています。その浅川さんをインタビューした際に、薫陶を受けた恩師として名前を挙げられ、「AIスーツケースのプロジェクトを推進する上でも様々な相談に乗ってくださっています」とおっしゃいました。この時、既に我われ編集部の手元にあったものの、結びついていなかった二つのご縁が、思いがけず一つに繋がったのでした。

長年のアメリカ生活を終え、日本に戻られた金出さんに連絡を試みたところ、一日足らずで「浅川智恵子博士は私の大変尊敬する研究者・人物ですから、喜んで引き受けさせていただきます」と、ご快諾のお返事がありました。早速、浅川さん側にもお話しすると、ご多忙のところ「お引き受けいたします」とおっしゃっていただき、取材日が決まりました。

世界的研究者の「飾らなさ」と「鋭さ・熱さ」

対談は9月初旬、平日の朝早くに、浅川さんが館長を務める日本科学未来館(東京・お台場)にて行われました。関西にお住まいの金出さんが、上京のタイミングに合わせて足を運んでくださったのです。

編集部が到着してしばらく経つと、浅川さんが先に会場に来られました。ここで感嘆したのは、14歳で失明され、そこからITのプロフェッショナルとして道を拓いてきた浅川さんの自然体です。目が不自由であることを全く感じない、底抜けな明るさ、清々しさを感じました。名刺交換の際には、私どもの声を頼りに名刺をご自身で差し出してくださいました。

続けて、金出先生がご到着。先に記した通り、アメリカの名門・カーネギーメロン大学で画期的研究を行い、多数の教え子を育ててきた世界的権威でありながら、お会いしてみると学者然とした様子はなく、肩肘張らない雰囲気を醸し出していらっしゃいました。お話を伺う前から、純粋に探究することを楽しんでおられることが分かりました。

今回の対談は、まず撮影のロケハンから始まりました。日本科学未来館が誇る、デジタルで見事に表現された巨大な地球儀「ジオ・コスモス」の前にお二人に並んでいただき、迫力ある画が撮れました。こちらは対談誌面でぜひチェックしてください。ホームページではカラーで公開しております。よりその雰囲気が伝わるでしょう。

記事でも紹介していますが、ここで一つエピソードが。浅川さんが約10年前に開発を始め、折々で金出さんがご自身の知見からアドバイスや協力をしている「AIスーツケース」の現物を、日本科学未来館様がご用意くださいました。

写真の通り、金出さんが初めて実体験されましたが、それが終わるとすぐにセッションのごとくお二人の間で意見交換が熱を帯び始め、そのまま対談会場へ……。ちょっとした気づき、発想の種を大事にして形にしていく、二人のトップ研究者たる所以が窺える一幕でした。

初めに、お二人の原点をお聞きして興味深く感じたのは、大人や学校に何かを与えられるのを待つのではなく、自分で考え、行動する子供だったということです。

〈金出〉
元を辿ると、終戦の年の10月、兵庫の丹波で5人きょうだいの末っ子に生まれて、家が貧乏だったんですよ。その厳しさは強く感じて育ちました。

貧しいせいか、好奇心が強くて、何をするにも買うより自分でつくる子供だった。釣りをしたいと思えば釣り人を観察して、針金をペンチでJの字型に曲げて釣り針をつくる。そこにミミズを刺して、近所の川に垂らしました。

〈浅川〉
自分で釣り道具を。

〈金出〉
ところが、いろいろ試しても餌だけ食べられてしまって、遂に釣りだけは好きになれなかった。後々、釣り針には魚が引っ掛かる〝戻り〟と呼ばれる棘が必要と知って、なるほど、これを考えた人は僕と違って、魚に逃げられても諦めずに試し考え続けたから、それができたんだと。失敗して諦めるのではなく、失敗を生かすことでイノベーションは起きるんだと学びました。いわば僕の研究者としての原点でしょうか。

〈浅川〉
私は先生と全く違って、勉強は全然しない、普通の子供でした。得意だったのはスポーツです。よく覚えているのは小学4年生の時、前に家族で行った大阪梅田のスケートリンクに、一人で電車を乗り継いでスケートしに行ったことです。昔から自立心が強く、学校から帰るとランドセルを玄関に投げ込んで、近所の男の子と走り回っている子供でした。

〈金出〉
失明は何歳の時?

〈浅川〉
5年生の時の怪我が原因でした。夢だったオリンピックに出るために水泳教室に入って、学校の授業で思い切り泳いでいた最中でした。そろそろゴールかなと顔を上げたらプールの壁があって、その勢いのまま、右目の下をぶつけてしまったんです。

直後は両目とも見えていたんですが、だんだん右目の視力が落ちてきました。異変を感じて2か月後にやっと病院に行ったら、視神経萎縮(緑内障)と言われてすぐ手術をしました。ところが今度は左目も見えにくくなって、中学2年生、14歳の時に両目が見えなくなってしまいました。

終戦直後の貧しさ、そして不慮の怪我による失明……。お二人は自然に語られますが、夢や生きる希望が希薄になっても仕方がない状況で、研究者として幾多の壁を越え、前人未到の境地を開いていくことになります――。

AIスーツケースという〝結晶〟

その後、金出さんは地元兵庫から京都大学に進学され、さらにカーネギーメロン大学の研究院から教授になられます。対談中に驚かされたのは、ここに書き切れないほど様々な分野で画期的な研究や発明をされ、その多くが、いま私たちの生活の中で当たり前になっている技術のベースになっているということでした。

例えば、京都大学大学院時代に、世界で初めてのコンピュータによる顔認識システムを開発。これは現在空港などで使われている顔認証システムの元祖であり、いまだに世界からこの件で取材を受けるということです。また、動画像を解析して、物体の動きを高速かつ正確に追跡する最も基本的な計算方法を編み出し、これが最近だと自動運転車にも応用されています。そして金出さん自身が、30年ほど前に自動運転車で米大陸を横断するプロジェクトを主導し、成功されているのです。まさに〝ロボットに視覚を与えた男〟です。

そうした体験から、ご本人の代名詞になったのが「素人発想、玄人実行」。つまり、社会にインパクトを与えるよい研究とは、素人のように発想し、玄人として実行することで現実になると。この言葉を著書を通して知り、感銘を受け、金出さんに講演を依頼したのが、他でもない約15年前の浅川さんでした。

浅川さんは、盲目かつ点字が読めるという特性を生かして20代の時、英語のテキストを自動で点訳するソフトウェアを完成。これによって目の見えない人も英語の文章を点字で読めるようになりました。さらに、一気に普及してきたWEBサイトを目が見えずとも音声で読み上げるホームページ・リーダーも生み出しておられます。自らも、目が見えないゆえに手が届かなかった膨大な情報に、簡単にアクセスできる道を拓いたのでした。

そしていま、お二人はコンピュータビジョン(人間の目と同じ働きをするコンピュータの〝目〟)を搭載し、視覚障碍のある人も、自分で行きたいところへ行ける「AIスーツケース」の実用化に向けて着実にステップを踏んで進まれています。この研究は、お二人の研究の一つの結晶と言えるかもしれません。

世界の先端を走るお二人の語り合いには、全編にわたって、夢や理想を現実にするヒントがちりばめられていました。ここではそれを一つずつピックアップしてみます。

〈金出〉
社会にインパクトを与えるアイデアを生み、解決するには何と言っても、人と話すこと。異分野の、自分と違うアングルでものを考えている人と交流することですね。それで、抱えている問題の解決法だけでなく、自分が解くべき問題そのものが見つかることもある。

よい問題でなければ、解いても意味がない。人が協力してくれないので、解けません。研究に限らず、よい問題を捉えることが、一番重要なファクターなんです。

〈浅川〉
私は、よいアイデア、イノベーションのきっかけは常に身近なところにあると定義してしまうことだと思います。常に自分の周囲に起きていることに興味を持って、課題として考える。

たぶん、私はそれを実行してきたんだと思います。気軽に膨大な情報に触れたいという思いからホームページ・リーダーという解決策を考え出し、一人で自由に出かけられないからAIスーツケースという形に辿り着きました。

お二人の解釈に通底しているもの。対談に立ち会ってみて、自分の人生の主人公として生きる、夢を描くこと。そして、その夢を人に理解してもらう、魅力を感じてもらう努力を惜しまず、巻き込んでいく。それを楽しんでワクワクしながらやることではないかと感じました。

夢なき者に成功なし――。この言葉を地でゆくお二人の研究が交錯して、これから生み出される未来。ワクワクする気持ちが湧いてくる対談となりました。

~本記事の内容~
◇大阪万博で実証されたAIスーツケースの力
◇衝撃的な出逢いを果たして
◇イノベーションは失敗の先にある
◇悩みの底で教わった研究の本質
◇14歳で失った視力と夢
◇誰かが決めた未来を受け入れない
◇世界初の自動運転車で米大陸横断
◇世界中から喜ばれたホームページ・リーダー
◇独創は閃くものではない
◇AIスーツケース着想の原点
◇共に一から実用化の道を拓く
◇夢が現実になる人の条件

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