2026年09月10日
~本記事は月刊『致知』2026年10月号掲載対談「あの日から私の経営者人生は始まった」の取材手記です~
不思議に似通った二人――主婦から経営者になって
「私たち、名前の字面から似ていますよね」
「そうなんですよね。二人とも『山』に『久美』」
これは、共に個人店として出発し、いまや海外に展開するまでに成長した二つの人気飲食チェーンを引っ張る女性経営者の物語です。
居酒屋「世界の山ちゃん」と、とらふぐ料理専門店「玄品」、皆さんはどちらかに行かれたことがありますか?
「世界の山ちゃん」は、名古屋名物の手羽先に、クセになるコショウを絡めた看板商品・幻の手羽先で根強い人気を誇る居酒屋チェーン。大阪を本拠地とする「玄品」は、最高級魚として有名なとらふぐを一年中、お値打ち価格で食べられる専門店です。

「世界の山ちゃん」を展開するエスワイフードの代表・山本久美さん。「玄品」を展開する関門海の社長・山口久美子さん。実はお二人とも過去に『致知』に登場されているのですが、それぞれの記事を読み返した時、いくつもの共通点があることに気づきました。
もともと会社員経験のない主婦だったこと。ご主人が人を惹きつける魅力ある創業者であったこと。そして、3人のお子さんがまだ小さいうちにご主人が急逝、その悲しみの中で会社を支えようと立ち上がられたこと――。
その気づきをもとに、今回の対談を企画。弊誌とご縁があったこともあり、お二人はすぐに取材をご快諾くださったのでした。
創業者が持っていた魅力
経営者として多忙を極めるお二人の予定を何とか合わせていただき、対談は7月上旬、名古屋市にあるエスワイフード本社の一室をお借りして行いました。大阪に本社を置く山口社長は、この対談のために素敵な着物をお召しになって駆けつけてくださいました。
お二人にお会いしてみて、まず清々しい笑顔とエネルギーにこちらが元気をもらいました。最愛の人を失うという悲運に直面すれば、生きる力が抜け、心に陰ができても不思議はありませんが、そうした悲しみは表から見る限り感じられませんでした。目の前の経営、またその中で出逢う人に真心を尽くして向き合っておられるのだと思いました。
和気藹々とした雰囲気で対談はスタートしましたが、両社の歩みは創業者を抜きにして語れません。
まず山本代表のご主人であり、1981年、「世界の山ちゃん」の前身となる一号店を開き、名物「幻の手羽先」を生み出したのが山本重雄会長でした。
〈山本〉
主人は少し変わった経営者で、もともと警察官か料理人を夢見ていた人なんです。高校生の時、学校に隊員募集に来た自衛官と話をしたら「あなたの夢が両方いっぺんに叶いますよ」と。そのまま素直に試験を受けて、海上自衛隊の調理班に入りました。
ところが、海に出ると長い間船を降りられないじゃないですか。内気な性格の主人は部屋に籠こもって本を捲る中で、焼き鳥屋は儲かるという話を読んだ。それで「これしかない」と考えたんです。満期3年で退官し、居酒屋で2年くらい修業を積んで、名古屋市新栄に一号店「串かつ・やきとり やまちゃん」を開店しました。1981年、24歳の時です。
〈山口〉
自衛官を辞めて焼き鳥屋に。手羽先はいつから?
〈山本〉
初めは某チェーンで人気の手羽先を真似したものの、どうしても同じものができませんでした。それなら独自の特徴をつければいいと考え直して、コショウ辛さを突き詰めたんです。
〈山口〉
なるほど、逆転の発想で。
〈山本〉
はい。揚げ方にも工夫して、いまのような先っぽまでカリカリ食べられる商品になりました。グルメ情報がいまみたいに手に入らない時代ですから、まさに口コミで話題を呼んだんでしょうね。
一方の「玄品」を立ち上げたのは、山口社長のご主人である山口聖二社長。とらふぐをお手頃の価格で提供するという発想は、どこから生まれたのでしょうか。
〈山口〉
私の主人が店を開いた理由は、厳格な父親の言いつけでした。大学に入って遊び呆けていた主人を見かねて「近所で商売をやれ」って。それで1980年、主人が19歳の時、藤井寺市に「ふぐ半」が開店しました。
〈山本〉
突然お店の経営に入って、大変だったと思います。
〈山口〉
当然初めはふぐのことなんてほとんど分かりません。大阪の仲卸業者さんと仲良くなって、夜から朝までべったり付き従う中で、ふぐの調理や流通の仕組みを覚えていったそうです。そこで独自の流通経路をつくることを思いつくんですが、これが大変でした。
19歳の主人が免許を取って、8トントラックで九州の養殖場までフェリーを乗り継いで買いつけに行く。ところが、ふぐってすごく繊細なお魚で、帰ってきたら水槽の中で全部死んでいたこともあったと聞きました。
〈山本〉
それは辛いですね……。
〈山口〉
本来とらふぐは12月から2月が旬ですが、主人は、仕入れたふぐの冷凍から解凍まで自社工場で完結し、天然ものに勝るとも劣らない濃厚な旨味のとらふぐをつくる技術を編み出し、特許を取っています。
単に味や安さを誇張するのではなくて、素材や製法から本物にこだわる。これが主人の信念です。
いまや本拠地の名古屋・大阪を飛び出し、全国に展開するチェーンも、初めは一つの個人店でした。しかし、二人の創業者はその与えられた環境、制約の中でユニークな発想から工夫を凝らし、他の店にない魅力をつくっていかれたのです。その過程にも学べることが多くありました。
もう一つ、二人の創業者に共通するキーワードは、社員や仲間に対する深い愛情です。
〈山本〉
(重雄会長は)決して根が明るい人ではありませんでした。それでも皆を明るく笑顔にしたい、そのために努めて明るく振る舞い、行動する。真面目に変なことをする人でしたね。例えば、店舗が多忙で社内がギスギスしていた時期の会議では、自ら七色のアフロを被って出席したと聞いています。「これから会議はアフロでやるぞ」って。
〈山口〉
(聖二社長には)「くーちゃん、一番大事なんは愛やで」とよく言われました。その愛は生半可ではなくて、うちの家族旅行に社員も家族でついて来る(笑)。会社でちょっと元気がない社員がいたら、帰ってきて家から「おまえ何かあったんか?」って電話をかけていましたね。
突然の別れ、そして妻は立ち上がった
そうして両社が成長軌道を描いていた矢先のことでした。詳しくは本誌対談記事に譲りますが、「世界の山ちゃん」の山本重雄会長は2016年、59歳の時に大動脈解離のため、「玄品」の山口聖二社長は2005年、44歳の時にバイク事故のため、志半ばで急逝されました。
専業主婦としてご主人を支え、3人のお子さんを育てていたお二人は、悲しむ暇もなく社内の動揺、外部関係者の対応に追われます。そうした中で、山本代表は僅か2週間後に代表就任を発表、山口社長は7年の時を経て入社を決意。ほとんど同じ時期に経営トップとなられています。その悲壮なる覚悟には、想像を絶するものがあります。
さらに入社後、創業者という絶対的な指針を失った会社には、様々な課題がありました。
「世界の山ちゃん(エスワイフード)」に山本代表が入った時は、会長の没後すぐだったこともあり、皆が会長を強く慕う雰囲気があったそうです。ただその思いが強いあまり、ある〝弊害〟があったといいます。
〈山本〉
社内には会長を敬愛するあまり、何年経っても、会長が生前いいと言ったことはいい、ダメと言ったことはダメと考える人が多かったです。でも(中略)変化しなきゃ時代に取り残されて潰れてしまいます。そこで私が打ち出したテーマが、「脱会長」でした。
もちろん、明るく笑いが絶えないとか、社員を家族同然に扱うといった社風は変えるべきではないけれども、過去の言葉がいまも正しいのか。それよりも会長がいま生きていたらどう考えるかを大事にしましょうと言ったんです。
山口社長が「玄品(関門海)」に入社した時は、創業者逝去から7年の時が過ぎていました。創業者を知る社員が僅かに残っていた半面、全体から見るとごく少数となっていました。
〈山口〉
当時、私の前で主人を話題にする社員はいませんでした。でも、主人の写真を飾ってくれていたり、社葬式で配られた写真カードを肌身離さず持ってくれている人がいたりと、まだ完全に火は消えていなかった。
私自身がキャリアもなく、改革のやり方も分からなかったので、社員の皆も協力に困ったと思いますが、主人がつくってくれた前向き思考で「この場にいさせてもらえることに感謝して、絶対逃げない」と自分に言い聞かせました。
その頃に一番残念だったのは、主人と(美術家の)綿貫先生の魂が籠こめられた「玄品」の意匠がぞんざいに扱われていたことです。店内は違和感のある雰囲気で、スタッフも活気がない。こんなの全然玄品らしくない! と思って、前社長に「全部見直させてください」と直談判したんですよ。
山本代表はトップとしてあえて創業者の教えを俯瞰する「脱会長」を掲げ、山口社長は一社員の立場で積極的にその遺産に光を当てていかれました。一見、正反対に見えますが、実は〝創業者が本当に求めていたことを求める〟ことを大事にしたのではないでしょうか。
ご主人の急逝から会社を引き継ぐという体験は、誰もがするものではありません。けれども自分にとってどうしても受け入れがたい現実、「悲運」をどう受け止め、自分の人生を歩んでいくのか。その誰もが苦しむ問いへの一つの道筋を示してくれているように感じます。
お二人にはそのような経営のご体験を踏まえ、最後に「運命の女神はどんな人に微笑むか」というテーマでお話をいただきました。笑顔で語られた、運をつかむヒントとは――。
振り返って、涙ぐましい奮闘のエピソードの数々に、思わず目頭が熱くなる取材でした。二人の創業者、また二人の女性経営者が自分の命を懸けて伝えておられるメッセージが、誌面を通して少しでも伝われば嬉しいです。
~本記事の内容~
◇ファンを増やし続ける2人の女性経営者
◇幻の手羽先と熟成とらふぐ
◇「世界の山ちゃん」はこうして羽ばたいた
◇〝真面目な変人〟山本重雄会長
◇社員と家族に等しく愛を注いだ山口聖二社長
◇「てばさ記」に気づかされた思い
◇溢れ出た感謝と会社を守る覚悟
◇主婦から経営者へと踏み出して
◇「脱会長」で思いを引き継ぐ
◇忘れられた遺産に命を吹き込む
◇未曽有の危機にチャンスをつかむ
◇運命の女神はどんな人に微笑むか
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