2026年07月21日
~本記事は月刊『致知』2026年8月号 特集「時務を識る者は俊傑に在り」掲載の取材手記です~
幕末に192人の名将の言行をまとめた男
あれは5年ほど前だったでしょうか。編集部には日々、他の出版社様からたくさんの献本をいただきますが、その中に水色のシンプルな表紙の本がありました。タイトルは『「名将言行録」に学ぶリーダー哲学』(東洋経済新報社)です。
『名将言行録』とは、江戸末期から明治初頭、館林藩(現在の群馬県)藩士・岡谷繁実(1835~1919)が16年の歳月をかけて編纂したものです。のべ192人に上る戦国武将や大名の言行・逸話を、各藩に散らばった膨大な数の日記や戦記、系図など諸書を研究して書かれた大著です。
驚くことに、冒頭には1200もの引用書目が記されています。岡谷が生きたのは、メールはおろか電話もない時代です。そんな環境で、これほどの資料を集め調べた岡谷の執念、没頭力たるや凄まじいものがあります。
編集部に届いたその本には、『名将言行録』から100の名言・卓論を精選して解説が付されていました。それが心に残り、月刊『致知』でいずれこのようなお話を紹介したい、とうっすら考えたのが、本記事の原点と言えるかもしれません。
名将も初めから名将であるわけではない
あっという間に5年が経とうとしていたこの度、
「時務を識る者は俊傑に在り(いま、この時に、ここで何を成すべきかを識っている人こそ優れた人物である)」
という特集を組むこととなり、まさにその時その場、あるいは人生でなすべきことを見極め、戦に勝ち功を成した将たちの言行をまとめた『名将言行録』のことが、ふと記憶の底から浮かんできたのです。
そうして、5年越しに、初めに名前を挙げた本の著者である川﨑 享(あつし)さんに面会が叶いました。
川﨑さんは、慶應義塾大学経済学部を卒業後、ミシガン州立大学大学院の史学修士課程を修了。電機メーカーおよびコンサルティング会社役員を経て、トヨタ生産方式(TPS)の異業種への応用を図る「NPS研究会」の運営会社エム・アイ・ピーに入社し、2013年より社長を務めておられます。
仕事柄、頻繁に海外出張があるそうですが、お会いしての印象は多忙にもかかわらず非常に朗らかで、こよなく歴史を愛している経営者、というものでした。
驚くべきは、小学4年生の時に『まんが 日本の歴史』を読んで歴史の面白さに目覚め、次いで新書版の『名将言行録』を買ってもらって以来、今日に至るまで愛読しておられるという事実。先ほど、『名将言行録』には192の名将が紹介されているとお伝えしましたが、川﨑さんは週末や出張の合間などにコツコツと足を運び、なんとそのうち現存が確認されている190人の墓参をやり遂げられたとのことです。
ビジネスの現場で、あるいは経営者として、歴史や古典に学んできた川崎さん。『名将言行録』の魅力や、いまこの本に学ぶべきことは何なのか。初めにこう語られています。
思えば、私が社会に出た1990年代の製造業界は、本書同様、個性の強い経営者の宝庫でした。電機メーカーに勤務していた頃、トヨタ生産方式(TPS)をものづくりに広く応用する異業種勉強会「NPS研究会」と出合い、元トヨタ副社長の大野耐一(たいいち)さんの右腕・鈴村喜久男(きくお)さん(当会実践委員長)の鞄持ちを2年務め、錚々たる経営者とお会いしました。その度に「ああ、この方はまるで武田信玄だ」などと『名将言行録』を通じて人物を観ていたものです。
日本は人材の枯渇が叫ばれていますが、いまでも私たち日本人の中には名将たちのDNAが眠っています。それは彼らの特権ではなく、苦境を乗り越える中で、誰もが開花させ得るものなのです。
歴史上の名将と聞くと、つい「自分とは別の、遠い世界の話だろう」と思ってしまいますが、そうではない、と川﨑さんは言われました。名将と同じ日本人のDNAが私たちの中にも眠っている。それは、苦境を乗り越える中で、誰もが花開かせることができる。ぜひ本記事を読んで、ヒントを得ていただきたいと思うゆえんです。
戦国三英傑は自分を修めていた
実は、現代でも根強い人気を誇る戦国時代を描いた歴史小説、大河ドラマの元を辿ると『名将言行録』に行き着くそうです。つまり、この本がなければ、数多の名作も生まれなかったかもしれない。それほど稀有な書物であるということです。
ではなぜ、あまり名前を知られていないのか。川﨑さんはその理由を、次のように語ります。
(〔名将言行録〕の)中には伝承も含まれるため、虚実混交(きょじつこんこう)として学術的には重視されてきませんでした。
ただ、価値がないと断じるのは早計です。どの言葉も岡谷の丹念な調べから「この人物はこう言ったに違いない」と思わせる迫真性があり、学べることは大いにあるからです。
これを踏まえ、今回の記事では織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の〝戦国三英傑〟に着目。時代を一気に動かした将(リーダー)の条件について、お話を伺いました。
「時務を識る者は俊傑に在り」
これは、私が中学1年生の時、父に買い与えてもらった『十八史略(じゅうはっしりゃく)』にある言葉です。時勢に応じた任務を理解して仕事ができる者は、極めて優れた逸材だけである。思うに「俊傑」とはただ瞬発力があるだけでなく、感性が鋭敏である、機を見て敏に動く、反応できる人物ではないでしょうか。
その意味で、不動の人気を誇り、『名将言行録』でも深く書き込まれている織田信長・豊臣秀吉・徳川家康はまさに俊傑でしょう。現代では半ば神格化された3人ですが、同書を読むと、あの乱世には人材がひしめいており、決して特別な存在ではなかったことに気づかされます。不遇の時代を経て機を掴み、世に出たのです。3人が名将となり得た理由、リーダーシップに光を当ててみましょう。
戦国三英傑には、様々なイメージが流布しています。一方、今回驚いたのは、それぞれ若い頃に苦汁を嘗めていたこと。そして、よい心がけや、戒めとなる言葉を持つことで、降ってきた機(チャンス)を掴み、天下への階段を上がっていったという事実です。つまりは、自分の身を修めることが根本にあったことに気づかされました。
記事で紹介いただいた信長の印象的な名言を一つ挙げます。
●常に心掛けている武辺(ぶへん)は、生まれついての武辺に勝る――織田信長
長たる者は絶えず「常在戦場」の心がけで生きよ、組織運営に当たれ。家格や血筋などで長の座にある者より、その覚悟で采配を振るう者が優れた成果を上げる。
あの傍若無人なイメージのある信長は、若い頃、「大うつけ」と蔑まれる存在だったために、ほとんどの家臣に認められず、いわば傍流にいました。父亡き後、家督を継いでも反対勢力は多く、内紛が起きています。そこから、機を捉えて武勲を立てていきました。決して、血脈だけで天下を手にした、成り上がった人物ではないのです。
いかがでしょうか。本記事を通して感じ取っていただきたいこと、それを川﨑さんご自身のメッセージを紹介して締め括りたいと思います。
彼ら(三英傑)も、言ってしまえば400年前の、同じ日本人です。そのDNAは、いまも私たちの奥底に息づいている。それを目覚めさせさえすれば、日本は必ず復活できる底力を秘めているのです。『名将言行録』を通じて、そのことに気づいていただけたら望外の喜びです。
~本記事の内容~
◇『名将言行録』に日本人の底力を見る
◇心がけは素質に勝る――信長
◇小事を怠らず努める――秀吉
◇長となるほど慎みを持て――家康
◇常在戦場、決して油断しない
◇川﨑 享(かわさき・あつし)
昭和40年東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、ミシガン州立大学大学院史学修士課程修了。電機メーカーおよびコンサルティング会社役員を経て、トヨタ生産方式(TPS)の異業種への応用を図る「NPS研究会」の運営会社エム・アイ・ピーに入社。同社専務取締役NPS推進室長などを経て、平成25年より代表取締役社長。著書は『「名将言行録」に学ぶリーダー哲学』三部作(東洋経済新報社)ほか共・編著多数。リンガーハット社外取締役、クリナップ社外取締役。
◎各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。※動機詳細は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください










