2026年07月07日
柔道家として前人未踏の戦績を重ね、引退後も国の枠を超えて柔道界の発展に尽力し続けてきた山下泰裕氏。3年前(2023年)には不慮の事故で大怪我を負うも、奇跡的に復帰を果たし、些かも衰えることのない闘志をもって、なおも柔の道を歩み続けています。人生の大きな転機を迎えたいま、山下氏の胸に去来するもの。そして柔の道を一筋に歩み続けて見えてきたものは何か。復帰後、初めての表舞台となったフィロソフィ経営実践塾(旧盛和塾横浜)での講演を一部、ご紹介します。
(本記事は『致知』2026年7月号 特別講話「我が柔道人生を語る」より一部を抜粋・編集したものです)
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柔の道とは何か
私は現在68歳ですが、これまでの人生を振り返ってみますと、稲盛塾長をはじめとして本当によき出会いに恵まれてきたことを実感しています。そんな私の出会いを振り返ってみたいと思います。
柔道を始めたのは、小学4年生の時でした。それまではものすごく悪い子供で、周りに随分迷惑をかけていました。しかし畳の上では、先生の指示とルールさえ守っていればいくら暴れ回っても叱られず、私の有り余る闘争心を満たしてくれます。私は柔道が強くなりたい一心で、一所懸命練習に打ち込みました。そんな私が、素晴らしい恩師と出会ってさらに変わっていったのです。
最初の恩師が、中学、高校時代にご指導をいただいた白石礼介先生です。
私は熊本城の真下にある中学校に進みました。ここの柔道部は大変強く、当時公式戦で12年間負けたことがありませんでした。その柔道部を率いておられたのが白石先生でした。
白石先生は折に触れて、我々柔道部員に人としてのあり方を分かりやすく説いてくださいました。中でも私が大きな影響を受けたのが次のお話です。
「柔道、柔の道とは何か、皆分かるか。道というのは、そこで学んだことを日常生活や人生で生かしていくことだ。皆、道場ではきちんと挨拶ができるが、家や教室ではどうかな。お父さん、お母さん、先生方にきちんと挨拶できているかな。私の話を真剣に聴いているが、お父さん、お母さん、先生、先輩の話を、同じように素直に聞けているか。
皆は高い目標に向かって誰よりも厳しい練習に打ち込んでいる。これを道場以外の他のことでも発揮していくのが、柔の道だよ。それができたら、柔道のチャンピオンにはなれなくても、人生のチャンピオンになれる」
それまでの私は、教室では腕力にものをいわせていつも一番後ろの席を独り占めしていました。けれども白石先生の教えを受けて、私は一番前の席に座るようになり、授業中は誰よりも真剣に先生の話を聴くようになったのです。
↓ 記事内容はこちら!
◆一歩でも二歩でも近づきたい存在
◆人生のチャンピオンになれ
◆柔道で会得したことを日常生活で生かす
◆何かを成そうと思ったら多くの人を巻き込むこと
◆スポーツを通して世界平和に貢献してほしい
◆日本の外交に柔道で貢献する
◆「僕の名前はいくら使っても構わないから」
◆試合に勝つだけでいいのか
◆子供たちと共に成長する
◆最後まで柔道家らしく生き続けたい
◇山下泰裕(やました・やすひろ)
昭和32年熊本県生まれ。小学4年で柔道を始め、全日本選手権大会9連覇、ロサンゼルス五輪無差別級金メダル、対外国人選手無敗、公式戦203勝の戦績を上げる。60年現役引退。その後、柔道教育ソリダリティー理事長、全日本柔道連盟会長、日本オリンピック委員会(JOC)会長などを務めた。著書に『背負い続ける力』(新潮社)など、共著に『武士道とともに生きる』(角川書店)などがある。
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