2026年06月22日

世界には普通に生活することもままならず、人道的支援を必要とする子どもが二億千三百万人もいるという。この現状を克服するため、長年にわたり精力的に支援活動を展開してきた国際NGOのプラン・インターナショナル。日本事務局の代表として各地の事情をつぶさに見てきた池上清子氏に、子どもたちが直面する厳しい現実と、この活動に懸ける思いを伺った。
■世界八十か国以上で 子どもたちの支援活動を展開
〈池上〉
プラン・インターナショナル(以下、プラン)は、誰もが平等な世界を実現するため、世界八十か国以上で子どもたちの支援活動を展開している国際NGO(非政府組織)です。十年前、その日本の拠点であるプラン・インターナショナル・ジャパンの理事長に就任した私が、最初に訪れたのがベトナム北部のハザン省シンマン郡でした。
ここに住む少数民族のヌン族は、独自の言語を有し公用語のベトナム語を話せないことや、山道を一時間以上も歩いた先にしか教育施設がないことなどから、子どもたちは学問の修得に大きなハンディを背負っていました。保護者の方々も日々の暮らしで精いっぱいなため、この問題に向き合う余裕も持てずにいたのです。
そこで私たちは、現地の幼稚園創設と給食の支援を行い、三~五歳児が就学前にベトナム語を習得し、スムーズに学問を修得できる環境を整えることができました。
プランの支援活動に当初から参加し、若くして幼稚園の校長に就任された女性が、地元出身のグエンさんです。ご自身も貧しい農家に育ち、苦学して教員の資格を取得。収入のよい都市部で就職をせず、故郷の子どもたちのためにUターンを決意した彼女の志に私は深く感動しました。彼女が教育の大切さを地元で懸命に説いて回った結果、この頃では教育への関心が薄かった保護者の方々が、忙しい農作業を休んでも幼稚園の行事に参加するようになったと聞きます。
幼児期から受けるべき教育をしっかり受けることで、厳しい環境に生まれた子どもたちにも自分らしく生きる道が開けていく。プランの支援を通じてヌン族の人々に希望の光を点せたことは、この上ない喜びでした。

■必要な支援さえあれば助かる命がある
〈池上〉
プランの活動の原点は一九三七年。スペイン内戦で親を失った戦災孤児のために施設を開設したのが始まりです。そこから貧困、暴力、差別等の克服、とりわけ社会的立場の弱い子どもや女の子の支援へと活動の範囲を広げてきました。支援を届けた子どもの数は、昨年度だけでも世界で約五千万人に上ります。
日本の事務局が立ち上げられたのは一九八三年。途上国への精力的な支援活動が評価され、二〇一一年には公益財団法人の認可を得ました。現在は海外で蓄積した豊富な経験を国内でも生かすべく、「わたカフェ」というスペースを通じて家庭環境に恵まれない女の子の居場所づくりに努めています。一人ひとりに親身に寄り添うことで、心を閉ざしていた彼女たちが笑顔を取り戻すのです。
私はいまでこそ世界各地へ赴き活発に活動をしていますが、かつては病弱な子どもでした。物心つく前に百日咳に罹患して命の危機に晒されたこともあり、日本に輸入されたばかりのペニシリンのおかげで一命を取り止めたと母から聞きました。
その後無事に大学を卒業した私は、国連職員や大学教授として活動をしてきました。ニューヨークの国連本部に勤務していた時に子宝に恵まれましたが、この時は大変な難産で、帝王切開の末、無事に娘を出産しました。
これまでの体験を通じて、私は医療の充実した環境で生きることのできた幸運に感謝すると共に、必要な支援さえあれば助かる命があることを強く意識してきました。それだけに十年前、プランの理事長にとの打診をいただいた時には、自分の体験とキャリアを人を救うことに生かせるならこれ以上の喜びはないと考えてお引き受けし、今日まで無給で活動を続けてきたのです。

■あなたの差し伸べた手が 子どもたちの未来を変える力となる
〈池上〉
私の信条は、自分らしく生きることです。そしてその信条は、子どもたちを巡る厳しい現実に直面することで、誰もがその人らしく生きられる社会をつくりたいという切実な願いに結びついていきました。
一九九一年にアフリカのソマリアから独立を宣言したソマリランドは、気候変動による生活環境の悪化から住む場所を離れざるを得ない国内避難民を多数抱えています。ある女性は、干ばつによりラクダの飼育ができなくなり、避難民キャンプに逃れてきました。しかし、国内避難民は国連の支援対象にないため、プランは移動式クリニックでこの女性のような方々を支援しています。
こうした地域で深刻化しているのが、フィスチュラ(産科瘻孔)です。これは成長の不十分なうちに結婚を強いられた女の子が、出産時に体に過剰な負担がかかり内臓を損傷してしまう疾患です。適切な治療さえすれば完治しますが、彼女たちにはその際に必要なお金を払う余裕もないのです。かつては日本でも多かった病気ですが、女子教育の浸透に伴いほとんど見られなくなりました。社会が変われば病気がなくなることは日本で証明済みであり、現地の女の子たちが自分らしく生きられることを願って支援活動に邁進しています。
ありがたいことに、最近はこうした世界の実情に対する理解が日本でも浸透してきました。私たちは個人、企業、団体を問わず、様々な立場の方からご寄付を受け付けています。いただいたご寄付は、あらかじめ支援の対象とする地域や人数、期待できる成果などを綿密に計画した上で活用させていただいています。
近年は、遺言によりご自身の財産を分与する「遺贈」という形でご協力くださる方も増えています。プランを通じて長年海外の子どもたちを支援してこられた女性は、ご家族に相続の負担をかけたくないとの思いから、資産の一部をプランに寄せてくださる旨を遺言書に記してくださいました。長いつき合いのあるプランなら、ご自分のお金を安心して託せるからと、決断してくださったのです。遺贈によるご寄付は、人生最後の社会貢献として、子どもたちを応援する力となって活き続けます。
世界では紛争、飢餓、気候変動、パンデミックなど、人々を脅かす脅威が絶えることがありません。そして、こうした脅威の煽りを最も受けるのが立場の弱い子どもたちです。世界には人道的な支援を必要としている子どもたちがまだ二億千三百万人もいます。また、ソマリランドの例からも窺えるように、世界には女の子というだけで差別や虐待を受け、「自分らしく生きること」ができない状況にある子たちがたくさんいます。私たちはこの現実を憂慮して、近年はとりわけ女の子の支援に力を注いでいるのです。
『致知』読者の皆様には、ぜひともこの厳しい現実に目を向けていただきたくお願い申し上げます。
あなたの僅かな思いやりが、子どもたちの未来を変える大きな力になるのです。

(本記事は月刊『致知』2026年7月号掲載記事を一部編集したものです)
◇池上清子(いけがみ・きよこ)
埼玉県生まれ。国際基督教大学大学院で修士号、および大阪大学大学院博士後期課程修了、博士(人間科学)を取得。国連機関とNGOで経験を積む。国際連合人口基金東京事務所長、長崎大学大学院教授等を歴任。2016年公益財団法人プラン・インターナショナル・ジャパン理事長に就任。









