『君が代』の起源は「よみ人しらず」の和歌? 直木賞作家・長部日出雄が読み解く日本人の精神

混迷する政治や長引く経済不況はもとより、折からのコロナ禍によって日本人の間には殺伐とした空気が漂い始めています。この状況下で、私たちはどのように立ち上がればよいのでしょうか。2018年に亡くなった作家・長部日出雄さんは、日本人自身がこの国の真価に気づけば、自信と誇りを取り戻すことができるはずだと力説されました。『君が代』や皇室をはじめ、世界に誇れる日本文化の深みとはどのようなものか。実体験を交えて語っていただきました。

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還暦を過ぎてのコペルニクス的転回

〈長部〉
戦前の学校教育によって「皇国少年」と化していた僕は、11歳で終戦を迎えた時、いままで教わってきたことのすべては間違いであると知らされた。

日本に古くからあるものは押しなべて過去の遺物であり、政治、経済、文化において学ぶべき規範はことごとく欧米にある。そうやって日本の歴史を根本的に否定する教育が、反抗期の心理状態ともぴたりと符合し、何に対しても反権威、反伝統、反体制の立場を取るようになっていった。高校3年の時には、伊勢神宮がコースに含まれていた修学旅行への参加を拒否し、以後もずっとそこを遠ざける人生を送ってきた。

そんな僕の価値観が一変したのは、還暦を過ぎ、初めて伊勢神宮に参拝してからのことである。鳥居をくぐって広大な神域を一回りした途端、僕の歴史観、国家観、天皇観は、コペルニクス的転回を遂げたのだった。

庶民に歌い継がれてきた『君が代』

〈長部〉
伊勢神宮参拝によってコペルニクス的転回を果たした僕は、伊勢神宮の熱烈な崇敬者になったばかりでなく、日本文化の素晴らしさにも目覚めることとなった。

前述した伊勢神宮とともに、僕が世界に誇れる日本美として挙げたいものの一つが『君が代』である。『君が代』を長い間、軍国主義の象徴のように捉えてきたが、調べを進めるに従って、決してそうではないことが分かってきた。

『君が代』の起源を辿ると、その最も古い形は、『古今和歌集』の賀歌(祝賀の際に歌う歌)の部のはじめに、「題しらず よみ人しらず」として掲げられた次の歌であるという。

「我君はちよにやちよにさざれいしの巌(いわお)と成て苔(こけ)のむすまで」

「よみ人しらず」ということは、本書が編まれるそのずっと以前から人々の間に歌い継がれてきたわけで、ざっと1,200年ぐらい前の歌と考えられるだろう。

国学者の本居宣長は『古今集遠鏡』において、この歌を次の平易な言葉に訳している。

「コマカイ石ガ大キナ岩ホトナッテ苔ノハエルマデ 千年モ万年モ御繁昌デオイデナサレコチノ君ハ」

宣長のいう「コチノ君」とは、祝賀を受ける席の主賓を指し、天皇ただ一人を意味しているわけではない。

これが江戸時代に入ると、流行り唄「隆達節」の、

「君が代は千代に八千代にさざれ石のいわおとなりて苔のむすまで」

という歌詞になり、「君」は婚礼では新郎を指すなど、祝賀の宴の主賓に向けられた寿歌(ほぎうた)として広く庶民に歌われてきた。さらに、この歌詞は全国へと普及して、薩摩の琵琶(びわ)歌『蓬莱(ほうらい)曲』の中にも取り入れられることになる。

そして明治2年、イギリスの軍楽隊長の「外国の国々には必ず国歌というものがある。日本にも国歌を制定する必要がある」という進言を耳にした薩摩藩砲兵隊長の大山弥助(後の大山巌陸軍元帥)が、「それを新たに作るよりも、古くから庶民に歌い継がれてきたもののほうがいいのではないか」と考え、『君が代』の歌詞が国歌として選定されたのである。

実に1,200年以上もの歴史を有し、庶民に歌い継がれてきた歌を、以前の私のように、また左翼系団体や日教組が目くじらを立てて、「天皇絶対崇拝の歌」や「軍国主義の象徴」と捉えるのは、いかにとんでもない言い掛かりであるかがご理解いただけるだろう。

日本は唯一の「君民共和国」である

そもそも、天皇の最も伝統的な任務は、国家と国民の無事と繁栄を祈って、祭祀と儀礼を敬虔に司ることにあった。したがって国歌としての『君が代』は、そうした天皇の祈りに対して、国民の尊敬と感謝の念を表す返歌と考えるべきであろう。明治天皇の御製でいえば、

「とこしへに民やすかれといのるなるわがよをまもれ伊勢のおほかみ」

「ちはやふる神ぞ知るらむ民のため世をやすかれと祈る心は」

「民草のうへやすかれといのる世に思はぬことのおこりけるかな」

そのような無私の祈りに対して、「君が代は千代に八千代に……」と歌い返すのは、国民感情の実に自然な発露といえるのではないか。天皇の限りない長寿を祈願するのは、そのまま、我々国民の無事と繁栄が果てしなく続くことへの祈りを意味するものであるに違いない。

実際に僕自身も、天皇や国家に対する考え方が変わって以来、『君が代』の奥深い響きに接するたび、身が引き締まるような粛然とした感動を覚えるようになった。

その国歌の斉唱を拒否しようとしたりする左翼的な思想が、日本を一体、どれだけダメにしたことか。愛国心は敵だ、愛国主義はいけない、などと戯言を述べている国が、世界のどこにあるというのだろう。
 〔中略〕
西欧の君主国や共和国、あるいは人民共和国という言葉との対比でいえば、我が国の政体は、世界に一つしかない「君民共和国」と呼ぶべきであろう。

我が国最古の歌集『万葉集』には、天皇から皇族、貴族、官吏、防人(さきもり)、乞食者、遊行女婦など、あらゆる階層の人の歌が、約4,500首も収められている。これほど多彩なアンソロジーを持つ国が、ほかのどこにあるだろう。そうした点から見れば、我が国は「君民共和国」であるとともに、「君民唱和国」であるともいえる。

(略)皇室が存在しなければ、日本は所詮、世界の三流国、四流国でしかない。この貴重な皇室の伝統を永遠のものにするために、日本人はありとあらゆる知恵と努力を惜しんではならないだろう。

還暦を過ぎて、ようやく日本文化の素晴らしさに目覚めた人間として、今後その価値を広く皆さんに伝えられるようにしていきたい。

(本記事は『致知』2010年8月号 特集「思いをこめる」より一部を抜粋・再編集したものです)

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◇長部日出雄(おさべ・ひでお)
昭和9年青森県生まれ。弘前高校卒業、早稲田大学第一文学部中退。週刊誌記者、フリーライターを経て作家活動に入る。『津軽じょんから節』『津軽世去れ節』(津軽書房)で直木賞、『鬼が来た 棟方志功伝』で芸術選奨文部大臣賞、『見知らぬ戦場』で新田次郎文学賞、『桜桃とキリストーーもう一つの太宰治伝』(文藝春秋)で大佛次郎賞、和辻哲郎文化賞受賞。その他、『「君が代」肯定論』(小学館)など著書多数。平成30年死去。

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