2026年05月19日
◎各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。
細胞内のたんぱく質の分解・再利用に関係する「オートファジーの仕組みの解明」により、2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典氏。その科学者としての原点に、電子顕微鏡などの分野で世界シェアトップを誇り、「ノーベル賞の影の立役者」とも称される日本電子の栗原権右衛門相談役が迫ります。
(本記事は『致知』2026年5月号 対談「科学技術立国 日本の礎は人づくりにあり」より一部を抜粋・編集したものです)
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科学の世界に導かれて
<栗原>
先生は、どのようなきっかけで科学者の道に進まれたのですか。きょうはぜひ先生の原点をお聞きしたいと思っていました。
<大隅>
私は1945年2月、4人兄妹の末っ子として福岡市で生まれました。父親は九州大学工学部の教授、母方の祖父は歴史学者という家庭環境でしたから、何となく将来は研究者、科学者の道に進んでくれるのだろうという両親の期待を感じながら育ちました。
また、家は自然豊かな場所にあって、子供の頃は農家の子供たちと一緒に昆虫採集をしたり、自然の中で楽しく遊んでいました。
一番上の12歳離れた兄は、終戦前に政府がつくった科学者を育成するエリート中学の生徒に選抜されて広島にいましたが、幸いにも、原爆投下の前に疎開していて助かったんです。そうした体験から兄は東京の大学で歴史学を専攻し、せめて末っ子の私くらいは科学者にということで、休みに帰省するたびに小学生の私に宇宙や生物、化学に関する子供向けの本を一冊ずつ贈ってくれました。
例えば、八杉龍一の『生きものの歴史』や、ファラデーの『ロウソクの科学』、三宅泰雄の『空気の発見』などはいまも挿絵まで覚えていて、大きな影響を受けました。これが、科学の道に進むきっかけになったように思います。
<栗原>
それらの本が科学に惹かれていく原点になったのですね。
<大隅>
ただ、いまは生物学(分子生物学)を研究していますけれども、子供の頃はなぜか化学に惹かれるものがあって、高校でも生物学の授業はとっていませんでしたし、化学部に入っていました。
<栗原>
子供の頃は化学に関心を持っていた。生物学に転じるきっかけが何かあったのでしょうか。
<大隅>
親子二代で同じ道に進むという例もよくありますが、私の場合は父がいる九州大学工学部だけは行きたくない、自分は化学をやりたいと思って、東京大学に進学しました。私は昔からちょっとへそが曲がっているんです(笑)。
でも、結果的にはこの選択がよかった。大学1年~2年の教養学部の授業はあまり面白くなかったのですが、幸運にも、ちょうど教養学部の中に基礎科学科が新設されたんですね。特定の分野に縛られず、科学の全分野を4年間かけて学び、その後、専門を選ぶという方針が気に入り、私は基礎科学科に2期生として入りました。
基礎科学科には、先生も学生もやる気のあるユニークな人材が集まっていて、特に生物学には、筋肉研究の丸山工作先生や生化学の茅野春雄先生などがいらっしゃり、新しいことに挑戦しようという雰囲気が満ち溢れていました。中でも分子生物学の草分けとして、タンパク質の生合成の研究をされていた今堀和友先生の授業は興味深く、自分も分子生物学を専攻したいと思い、大学院は今堀研究室に入ったんです。
これも、分子生物学が勃興してセントラルドグマ(生物学における基本原理)が確立されていく時期、世界が分子生物学に関心を持ち始める時代に、偶然遭遇できたからこそできた選択でした。
<栗原>
出逢いとタイミングに恵まれて生物学の世界に進まれた。
<大隅>
大学院では、大腸菌のタンパク質合成をテーマに取り組みましたが、大きな成果を出すことはできませんでした。それに大学紛争が激しい時代で、研究に集中することができず、気がつくと博士課程の2年になっていました。
これは何とかしなくてはいけないと思い、京都大学の理学部に新設された生物物理学科に2年間国内留学したんです。東大で指導してくださっていた前田章夫先生がその生物物理学科に招かれたことも背中を押してくれました。
<栗原>
東大と京大では雰囲気もだいぶ違ったのではないですか。
<大隅>
東大の基礎科学科と同じで、京大の生物物理学科も新設の学科でしたから、伝統があるというよりも、自由に研究や交流ができる雰囲気でした。その中で、若いうちからいろいろな考え方や研究手法に出逢えたことは、とても大きな刺激になりました。あと、振り返れば、国内留学の手続きもきちんと踏んでおらず、半分もぐりのような状況でした(笑)。いまでは考えられませんが、当時は大らかな時代だったなと思います。
そのように、私は割と新しいことを自由に研究できる環境を選びながら歩んできたなという気がしています。ですから、世間のいろいろなしがらみから離れて、ある程度自由に研究できる環境が確保されなければ、面白い人間も研究も生まれないように思います。
(本記事は『致知』2026年5月号 対談「科学技術立国 日本の礎は人づくりにあり」より一部を抜粋・編集したものです)
↓ 対談内容はこちら!
◆基礎研究の発展に力を尽くす
◆科学の世界に導かれて
◆一流の科学者に学んだ〝人間力〟の大切さ
◆アメリカ留学が酵母研究の出発点に
◆誰もやっていない分野にこそ道がある
◆流行に乗るのではなく流行を自ら創り出す
◆企業の永続は創業のDNAにあり
◆異なる分野の交流が人材・組織の活力を生む
◆「YOKOGUSHI」で科学技術立国・日本へ
◆終わりのなき探究の道を歩み続ける
本記事は『致知』電子版で全文お読みいただけます。
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◇大隅良典(おおすみ・よしのり)
1945年福岡県生まれ。1967年東京大学教養学部基礎科学学科卒業。1974年東京大学農学部農芸化学科研究生理学博士取得、米国ロックフェラー大学研究員。岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所教授、東京工業大学(現・東京科学大学)統合研究院フロンティア研究機構特任教授などを歴任。2014年より東京工業大学栄誉教授、2017年より東京工業大学科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター特任教授。2025年より現職。2016年「オートファジーの仕組みの解明」により、ノーベル生理学・医学賞を受賞。
◇栗原権右衛門(日本電子相談役)
1948年茨城県生まれ。1971年明治大学商学部卒業後、日本電子入社。取締役メディカル営業本部長、常務取締役、専務取締役を経て2007年副社長、2008年社長。2019年6月より会長兼最高経営責任者、2022年6月より会長兼取締役会議長。日本の産業振興に貢献した功労により、2023年秋の叙勲において「旭日中綬章」を受章。2024年より相談役。
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