被災地の春風でありたい——移動式喫茶店で人々の心を癒す住職・金田諦應さんの願い

多くの人に深い悲しみをもたらした東日本大震災から8年。いまだ現地の復興、人々の心が癒えたとはいえません。一日も早い復興を願って、現地で人々の心に寄り添う移動式の喫茶店「カフェ・デ・モンク」の取り組みを行った通大寺住職の金田諦應さんの歩みをご紹介します。

人々の〝心〟に寄り添う「カフェ・デ・モンク」

多くの人々の心に深い傷痕を残した東日本大震災から3年。宮城県栗原市にある通大寺の住職を務める私は、大震災発生から間もなくして、移動式の喫茶店「カフェ・デ・モンク」を設立、被災地を巡りながら人々の悲しみに寄り添う〝傾聴〟活動を続けてきました。
 
しかし、この取り組みを始めた原点には、何よりも私自身が今回の震災であまりにも多くの死と大切な人を失った人々の悲痛な思いに直面し、宗教家としてのあり方を根本から問い直される経験をしたからでした。

2011年3月11日、14時46分。当時お寺にいた私は震度7という、思わず心の中で、「頼むから止まってくれ!」と絶叫するほどの凄まじい揺れに襲われました。そして、親族の安否確認などに奔走した後、ラジオから聞こえてきた津波の情報に私は耳を疑ったのです。

「大地震発生。大津波警報発令……。仙台市荒浜地区の海岸に300体の遺体との情報……」
 
これは大変なことになったぞ――。少しずつ被害状況が明らかになるにつれ、私も宗教家として何か支援はできないかとの思いが募りました。そんな時に、沿岸部から栗原市の火葬場に多数のご遺体が運ばれてくるという話を耳にしたのです。
 
すぐに私は「供養をさせてほしい」と市に掛け合い、火葬場へと赴いたのですが、ご遺体が続々と運び込まれてくる光景に思わず絶句。そして私のもとに最初に運ばれてきたのが、友人同士だという二人の小さな女の子でした。駆けつけた記者は泣きながらシャッターを切り、私も震える声で途切れ途切れ読経するので精いっぱいでした。

「こんな理不尽な死があっていいはずがない……」
 
1か月で約200体のご遺体を供養し、やり場のない悲しみに襲われた私は、四十九日を境に、鎮魂の旗を掲げて南三陸町へ行脚に出ることを決めました。
 
腐敗臭とヘドロの臭いが漂う廃墟と化した町の中を、経文を唱えながらひたすら歩くのです。とりわけ苦しかったのが、あちこちに散乱している平和な日々を記録した〝写真〟でした。
 
その写真を跨ぐ時に私にできたことと言えば、「申し訳ない」とひたすら涙を流すことだけでした。これまで学んできた宗教的言語の一切が役に立たない現実を前に、宗教家としての信念は脆くも崩れ去ったのです。
 
行脚に区切りをつけると、私は法衣を脱ぎ捨てました。そして、地に足がついた支援をしようと、知人からの支援金をもとに炊き出しを始めたのでした。
 
しかし、津波で甚大な被害を受けた馬場中山地区で炊き出しを始めた時のことでした。次の支援地に移ろうとする「国境なき医師団」と被災者が、避難所で激しい言い争いをしている光景が目に飛び込んできたのです。

「お前たちは俺たちを見捨てて行ってしまうのか!」
 
私はその一部始終を眺め、改めて自らに問い掛けました。医者はこんなに必要とされている。それに比べて私は何をしているんだと。もう一度宗教家としての原点に立ち戻り、苦しんでいる人々の〝心〟に向き合う支援をするべきではないのか。
 
そして、まずは被災者の方が安心して悲しみを打ち明けられる場を作ろうと考えついたのが、移動式の喫茶店「カフェ・デ・モンク」の取り組みでした。

被災地の春風でありたい

すぐさま飲み物やケーキなどの提供を知人に頼み込み、テーブルなどの道具一式を軽トラックに積み込んだ私は、南は福島県南相馬市から北は岩手県山田町に至るまで、被災地を巡る旅をスタートさせたのです。
 
各地の避難所や集会所の近くに即席の喫茶店を開いては、集まってきた方々一人ひとりの苦悩や悲しみの声に真摯に向き合っていく。時には「和尚さん、ちょっと」と自宅に招かれ供養を頼まれることもありました。
 
その中でも、息子さんを亡くしたという、あるご年配の方のご自宅に伺った際のことは忘れられません。仏壇の遺影に手を合わせると、その横に〝お父さんへ〟と書かれた手紙が置かれているのに気づいたのです。事情を尋ねると、息子さんの幼い娘さんが亡き父親の誕生日に送った手紙だといいます。そこにはこう書かれてありました。

「生きていれば45歳だよ。3月10日の日にお父さんにお帰りって言ったのがうちらの最後の会話でした。最後にありがとうって言いたかった。……お父さん、いまどこにいますか。家に帰って来ているなら、たまに何か合図を出してね」
 
この後、私は手紙を書いた女の子と避難所で会うことができました。屈託のない笑顔で遊んでいるところでしたが、私がそっと近づき、「大変な思いをしたね」と声を掛けると、みるみるうちに表情が強張り、外に駆け出して行ってしまったのです。
 
もう夜も遅い時間でしたが、闇の中にすっと消えていく彼女の寂しい後ろ姿は、いまでも眼に焼きついて離れません。
 
被災地では、そのような深い悲しみの現場に幾度となく立ち会います。その度に私は、もしかすると人の悲しみというのは、他人が支えてあげることなどできないのではないかという、暗澹たる思いに駆られるのです。
 
しかし、それでも目の前に苦しんでいる人々がいる限り、私は宗教家としてその悲しみに黙々と向き合い続けていきたい。
 
一輪の美しい花には誰もが足を止めるでしょう。しかし、それを咲かせた春風には誰も気づきません。私はそんな被災地の春風でありたいと思うのです。

かねた・たいおう(通大寺住職/カフェ・デ・モンク主宰)

(本記事は月刊『致知』2014年9月号 連載「致知随想」から一部抜粋・編集したものです。あなたの人生、仕事の糧になる言葉、教えが見つかる――月刊『致知』の詳細・購読はこちら

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