2025年12月11日
東京都内で20年以上、いまなお豆腐の引き売りを続ける女性がいます。「豆腐屋あこ」こと菅谷晃子さん、44歳。菅谷さんが町に赴くと、近隣住民が輪をつくって話に花を咲かせることも多いといいます。雨の日も雪の日も歩き続ける菅野さんを突き動かすものとは一体何か。引き売り士としての信念に迫りました。
（本記事は月刊『致知』2023年2月号 連載「第一線で活躍する女性」より一部抜粋・編集したものです）
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迷ったら真心を感じるほうへ
—――東京都内で豆腐の引き売りを約20年、続けていらっしゃる女性がいると知って驚きました。
〈菅谷〉
これが、いつも街を歩きながら吹いている、真鍮でできたラッパです。もうこのラッパを直す職人さんが一人しかいないこともあって、私の命より大切なものと言っても過言ではありません。
私は毎週、月・火・土曜日は足立区綾瀬、木曜日は新宿区四谷と千代田区麹町、半蔵門。金曜日は港区西麻布を回っています。引き売りの日は、まず都内の倉庫に行って、リヤカーにお豆腐やお惣菜、漬け物やお蕎麦などを積んでいきます。そうしたら幟を差し、前掛けを締めて、このラッパを持ってお昼頃に出発します。
――お豆腐以外も種類豊富に売り歩かれているのですね。
〈菅谷〉
はい。週に1回、お客様のことを思い浮かべながら仕入れを決めるんですけど、気がついたら約80種類、100キロも載せるようになっていました。
――100キロも。小柄な菅谷さんが引いているとは信じ難いです。
〈菅谷〉
「パー、プー♪」とラッパを吹きながら、坂道では時々腰に取っ手を引っかけて休むんです。台風や大雪の時はさておき、雨の日でもカッパを着て、1日に地下鉄8駅分くらい歩いていますよ。
いまは都心でも一人暮らしのお年寄りが本当に多くて、中には体が悪くて自分で買い物に行けない方もいらっしゃいます。そういう方には、1週間買い物の必要がないくらいのお惣菜を抱えて玄関前まで上がるんですが、天気の悪い日こそ心の底から「あこちゃん、ありがとう！」と言っていただけます。それが本当に嬉しいんです。だから売るためというより、皆さんとお話しするために会いに行っている感覚なんですね。
――単なる行商ではない。
〈菅谷〉
それを強く感じたのが、コロナ禍が始まった時でした。あの頃、テレビは感染の恐怖を煽るような報道ばかりで、テレビしか観ていないお年寄りは怖くて外出もできず不安に苛まれていました。私も、引き売りを続けていいのか迷いましたね。
でも、何が正しいのか分からなかったからこそ、真心を大事にしよう、真心を感じるほうを選ぼうと決めて、「大丈夫だよ！」という気持ちを込めて届けに行ったんです。
そうしたら皆、「来てくれて本当にありがとう。あなたの顔を見るだけでほっとするわ」って心から喜んでくれて。真心を信じて続けていこうと決意しました。
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豆腐やお惣菜の引き売りだけでなく、看取り士、講演家、歌手として多くの人に元気を届けている菅谷さん。
その背景には、幼少期の壮絶ないじめ・家出の体験、社会に居場所を見つけられなかった時代から、引き売りを通して自分の生き方を見つけてこられた歩みがありました。
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◇菅谷晃子（すがや・あきこ） ◎各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.１（約11万8,000人）の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。※動機詳細は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください
昭和56年千葉県生まれ。専門学校を中退後、平成15年、23歳の時から引き売りを始める。30年看取り士の資格を取得。「豆腐屋あこ」として、本業の他に自身の体験を踏まえた講演や歌手活動などを幅広く展開。著書に『あこのありが豆腐』（三冬社）、オリジナル曲に『おとうふのうた』『お空から』（作曲：八文字裕紀、作詞：八文字裕紀、豆腐屋あこ）などがある。
