2025年07月10日
~本記事は月刊『致知』2025年8月号 特集「日用心法」掲載記事の取材手記です~
食の態度を改めると、運がよくなる?
「腹八分目が健康にいい」
「暴飲暴食は体を壊す」
街を歩けば飲食店やスーパー、コンビニがそこかしこにあり、気を抜くとついつい食べ過ぎてしまう現代。健康法としてファスティング(一定の期間、食事をせずに過ごす)の人気が高まっていますが、昔から言われているように、食を慎むこと、〝節食〟が健康維持のために大事であることは、誰もが知っていることでしょう。
実は、この節食の習慣が運の重要な要素だとして考察した人がいます。それが、江戸時代に数多くの書を通して人々に影響を与えた観相家の水野南北です。
食が運に関係するとはどういうことなのか? この考え方を少しでも理解していただくために、水野南北とはどういう人だったのかを簡単に紹介しましょう。
諸説ありますが、南北翁は宝暦7(1757)年、大坂で錠前造りを手掛ける鍛冶屋に生まれたといいます。幼名は熊太。幼くして両親を亡くしたためか、10歳を迎える前に酒の味を覚えてしまい、荒れた生活を送ります。度を越した放蕩ぶりから「悪党鍵屋熊太」という悪名が広まるほど、忌み嫌われる存在だったようです。
そうして遂に刃傷沙汰を起こし、20歳ごろに捕まってしまいます。しかし、これが運命を変える転機になったと言えるでしょう。娑婆(世間)で暮らす人たちと、牢に繋がれた人たちのある〝違い〟に気づくのです。
さらに何年かの服役を経て牢獄を出ると、通りがかりの大道易者から、一年以内に命を落とすだろうということを予言されます。この難を避けようとして禅寺に駆け込むと、今度はそこで、入門のためにたった一つ、食の習慣にまつわる条件を提示されるのです。
禅寺で修行をするのに、食を改める。一見、何の関係もないように思えますが、それを素直に実行したことで、熊太は予言をした易者が驚くほどのよい変化を起こしていきます。これが、江戸の世を風靡する観相家・水野南北の誕生に繋がるのです。
月刊『致知』8月号「水野南北『脩身録』が教えるもの」の記事には、この一部始終をより詳しく書いてありますので、ぜひお読みください。
おばあちゃんの不思議な習慣
手相、人相、家相……よく聞く言葉です。これらはまとめて「相学」と呼ばれます。単なる占いと思われがちですが、いまのように病気を発見するCTやMRIのような機器もない時代、人類は様々な経験を蓄積して法則を導き出し、人生に生かしてきました。相学は、長い歴史の中でよりどころとされてきた統計学の一つと言えるでしょう。古くは紀元前626年、東洋古典『春秋左氏伝』に人相見の話が登場しますが、水野南北は、その後日本に伝わり、受け継がれてきた日本相学の「中興の祖」と呼ばれています。
そう語るのは、大和(奈良県)で1250年の時を刻む春日大社の権宮司を長く務めた岡本彰夫さんです。
歴史に独自の輝きを残しながら、ベールに包まれた部分も多い水野南北について、どなたにお話を伺うか……。探し続けた末に、浮かんできたのが岡本さんでした。大学を卒業後、由緒ある春日大社にお勤めされながら、神道という特定の教典をもたない教えの世界を理解し、分かりやすく説明するよすがを求める中で、南北翁が自身の培った知恵を書き残した書物『相法脩身録』と出逢い、以来40年にわたって愛読してこられました。
6月上旬、小雨の降るある日の昼下がり、奈良県のご自宅にお邪魔して取材を行いました。囲炉裏のある昔ながらの応接間にお通しいただき、肩肘張らないお話しぶりについ聞き入ってしまいました。
岡本さんが、南北の教えに深く親しむようになられたのには、幼少期のご体験が関係していました。水野南北と同じように、岡本さんもお父様を幼いうちに亡くされ、お母様と同居されるおばあ様に育てられたそうです。そのおばあ様が不思議な習慣を持たれており、それを教え込まれたことが、今回の記事で明かされます。
水野南北の教えと、岡本さんのおばあ様の共通点は「見えない世界を大事にする」ということです。岡本さんいわく、相学は「隠されたものは必ず現れる」という宇宙の原則がもとにある、とのこと。食事を慎む習慣(節食)もまさにそうでしょう。食事を一回抜いた程度では目に見える変化は起きないかもしれませんが、食べ過ぎを控え、満腹より少し足りないくらいで抑えることを何年も当たり前に続ければ、健康な心身がつくられていくはずです。
見えない世界を、存在しないものとして片づけず、日々の生活の中で慎みを持って扱っていく。その大切さを教えられます。
〝陰徳を積む〟とはどういうことか
岡本さんには、膨大な水野南北の教えを、ご自身が感動し、人生に生かしてこられた5つのポイントに分けてお話しいただいています。そのどれもが、見えない世界を重んじること、それも特別な時ではなく、毎日の中にそのチャンスがあることを教えてくれています。
では、見えない世界を大事にすると、どんなよいことがあるのか。鍵になるのが、南北翁が重視した「陰徳」という言葉です。岡本さんは、分かりやすくこう説明してくださいました。
「陽徳はこの世に置いておく徳行、陰徳はあの世に持っていく徳行。
この2つに優劣はありません。陽徳は、電車で席を譲るなど、人前で行う徳行です。それは模範として当然するべきことであり、これは現世で報いがあります。一方の陰徳は、誰も見ていないところで行う徳行です。これは現世で誰にも評価されません。ではどこに報いがあるのか。見えない世界で感得され、自分の家族、子孫に返ってくるのです」
いまは、都会で暮らしているとなおのこと、情報も食べ物も溢れ返っているように感じられます。SNSが発達し、人の目や声が気になることも、一昔前に比べたら増えているでしょう。しかし、こういう時代だからこそ、日常の様々なことに慎みを持つこと、誰も見ていない一人の時間を大事にすることの価値が、高まっているのではないでしょうか。
運命は変えられない、と言われますが、岡本さんはこうおっしゃいます。
「相の上では絶対に幸せになれない人もある。しかし、相を徳が上回れば、運命は開けていくことを、『脩身録』は教えています」
水野南北、『脩身録』の教えは、決して新しいものではありません。されどそこに、現代人が忘れている何かを見つけていただけたら、望外の喜びです。気になった方は、本誌2025年8月号 p.44を開いてみてください。
~本記事の内容~
◇目に見えない世界、〝冥加〟を大事にする
◇札つきの非行少年が観相に目覚める
◇相は活物――運命は日々の心がけで変わる
◇神様が持たせてくれた弁当箱
◇悪因を解き、福有に至る道
◇すべては我が身、我が家から始まる
◎各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。