【取材手記】名優・滝田栄が名経営者・塚越寛(伊那食品工業最高顧問)の魅力に迫る

~本記事は月刊誌『致知』2025年5月号 特集「磨すれども磷がず」掲載、対談の取材手記です~

「塚越さんをぜひ『致知』で紹介しませんか」

この対談はひょんなきっかけから実現しました。

『致知』2021年7月号特集にご登場いただいた俳優で仏像彫刻家の滝田栄さんに改めて取材を申し込んだところ、次のようなお返事をいただきました。

「むしろ僕が心から敬愛する伊那食品工業最高顧問の塚越寛さんを推薦します。塚越さんの想像を絶するご苦労と、その苦労の体験を社員さんの幸せのために生かすお姿は、日本を越えて世界中の経営者に人が生きる意味と働く意味を思い出させてくれると思います。ぜひその視点で塚越さんを『致知』で紹介しませんか。僕も協力します」

塚越さん、滝田さんは長年の知己。滝田さんのこの思いを塚越さんにお伝えすると、すぐに快諾のお返事をいただき、お二人の対談が実現する運びとなりました。塚越さんが本誌にご登場いただくのは2008年2月号以来、17年ぶり。

取材は3月初旬、小雪が舞う中、南信州の美しい赤松林に囲まれた伊那食品工業本社にて行われました。塚越さんは最高顧問として経営の第一線からは引退されていますが、88歳とは全く思えないほど元気溌剌。

滝田さんは白い髭をたくわえて求道者そのものの趣。しかし、俳優としてのオーラは周囲を包み込むようでした。

社員が幸せになれば会社は成長する

ところで、伊那食品工業と聞いてピンと来ない人でも「かんてんぱぱシリーズ」と言えば「ああ、スーパーに並んでいるあの寒天をつくっている会社か」と合点がいく人も多いのではないでしょうか。

同社が知られるのは商品の品質のよさや多様さだけではありません。塚越さんは60年以上の歳月をかけて、同社を他のどこよりも社員が幸せを感じる会社に育て上げてこられました。

売り上げや利益を追うことなく、社員の幸せをとことん追求する中で事業を大きく発展させてこられたのです。1958年、掘っ立て小屋からスタートした同社は現在600名以上の従業員を擁し、塚越さんの経営手法はいまやトヨタ自動車の豊田章男さんなど名だたる経営者が範としているほどです。

塚越さんの独自の経営は「年輪経営」と呼ばれています。ひと言でいえば、どんなに天候が不順でも、一年に一本年輪を刻む樹木のように「確実な低成長」を目指す経営です。

「我が社には売り上げ目標も利益目標もありません。僅かでも、前年を上回ればいいというのが我が社の方針なんです。それでも業績は伸び続けてきて、2023年12月期の売り上げは227億円ほどでした

社員が幸せや喜びを感じてモチベーションが高まれば、利益が出て会社が発展し社員が幸せになる。それがまた新たなモチベーションに繋がる。

業績という言葉を口にしなくても社員が幸せであれば自然に好循環が生まれる、皆が幸せであれば、それ相応の見返りがあるという経営者としての目論見というか〝算盤〟が私にはあったわけです。

実際、給料は一度も下がったことがない。いま我が社には600人以上の社員がいますが、過去を振り返っても会社が嫌で退社した社員はほとんどいません」

人の苦しみを取り除いて楽しみを与える菩薩そのもの

今回、塚越さんを紹介された滝田さんは、かつてNHK大河ドラマ『徳川家康』の主演を務めた名優。他にも数多くの映画やドラマに出演し、料理番組の司会も長年務められますが、とりわけ1987年に始まった舞台『レ・ミゼラブル』では実に14年にわたって主役のジャン・バルジャンを務められました。

滝田さんの並外れたところは、 『レ・ミゼラブル』が千秋楽を迎えた翌日、インドに渡って仏道修行に入られたことです。以来、求道に人生の重きを置くようになり、仏像彫刻家としても名を馳せるようになりました。そんな滝田さんが、なぜそこまで塚越さんに魅せられるのでしょうか。

「会社は働く人のためにあると一貫した理念を掲げて、その言葉通りの経営をされている人がいると聞いて、正直、最初は半信半疑でした。

というのも、僕はそれとは正反対の人とばかり出会っていたからです。とりわけ、僕が生きてきた演劇など芸能の世界というのは、おそらく想像もできないほど過酷なサバイバル社会です。僕なんかまさに搾取の対象で『滝田をどう使ったら儲けられるか』、そのことばかり考える人たちの中で生きてきましたから、経営の真剣勝負の世界で、働く人にそこまでの思いを馳せる人が本当にいることが信じられませんでした」

厳しい芸能の世界に長年身を置いてこられたからこその、滝田さんの実感のこもった言葉です。しかし、長い交流を経て、次第に塚越さんに魅せられるようになったといいます。

「僕はお釈迦様が好きで、仏陀の教えを通して自分の生き方を修正し、まっすぐなものにして人生を終えたいと思って求道生活を続けているのですが、抜苦与楽、人の苦しみを取り除いて楽しみを与える菩薩というのはまさに塚越さんのような方をいうのだと実感しました。それを思うと、求道生活をしていると言いながら僕なんかまだまだ浅いと感じますよ」

「たとえどん底に落ちたとしても決して人生悲観することはない」

滝田さんが「想像を絶するご苦労」と語られるように、塚越さんの人生は幼少期から苦難の連続でした。母親が女手一つで4人の子を育てる赤貧生活、高校時代の肺結核による闘病、21歳で託された「働く環境としては最悪」の寒天会社の立て直し……。塚越さんはこれら目の前の課題に一つひとつ向き合いながら、現在に繋がる会社の基盤を打ち立てていかれるのです。

塚越さんはこれまでの人生を振り返り、こう語られました。

「私が88年の人生体験の中から申し上げられるのは、たとえどん底に落ちたとしても決して人生悲観することはない、これからよくなっていけばいいじゃないか、と考えを転換することですね。

誰の人生にも悪い時期はあります。そういう時こそ『ここからが出発点』と頭を切り換えて、決して自暴自棄にならないことです。うちの寒天事業も最初からうまくいったわけではなく、私自身、好きで始めたわけでもありません。

しかし、その一つの道を深く深く掘り下げていく中でいろいろな用途が生まれ、世界が広がって今日の発展に繋がっていき、いつしかこの仕事が天職と心底思えるようになりました」

この対談には、他にも塚越さんや滝田さんがこれまでの人生や仕事で培った知恵が満載です。興味のある方はぜひ『致知』5月号を紐解いてみてください。

▼『致知』2025年5月号 特集「磨すれども磷がず」
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