【取材手記】破格の改革者が語る、日本農業 復活の条件

~本記事は2025年2月号 特集「2050年の日本を考える」より、『日本農業のあるべき姿 食料自給率をどう高めるか』の取材手記です~

日本で日本の食材が食べられることのありがたさ

日本の食料自給率の低さは、もはや言うまでもないほど知れ渡っています。直近3年間の自給率は、カロリーベースで38%と、かつて70%を誇っていた日本農業の衰退は疑いようのない事実です。生産を担う農村に目をやれば、離農者や耕作放棄地が年々増え、農家も高齢化や後継者不足が解決できないまま進んでいるところも多く見受けられます。

日本で日本の食材が食べられることは、もう当たり前ではなくなるかもしれない……そんな不安が頭をよぎります。

本当に、日本農業には未来がないのか。再興の道があるとすれば、私たちは何をどうしていけばよいのでしょうか。

本誌は、師走が押し迫った11月下旬、農業界に旋風を巻き起こしてきたある方にお話を伺いました。その人物とは、秋田県は男鹿半島に位置する〝モデル農村〟こと大潟村でこの50年、米作り農家として国の減反政策に抗い、「若者が夢と希望を持てる農業の創造」に人生を懸けてきた涌井徹(わくい・とおる)さんです。

涌井さんは約40年前、39歳の時に地元農家の同志と「大潟村あきたこまち生産者協会」という会社を立ち上げ、秋田にいながら全国へと自分たちの米の直販をスタート。長らく社長として様々な挑戦を続け、70代の現在も新たなプロジェクトのため各地を奔走しておられる生粋の改革者です。

小雨の降る肌寒い東京駅近辺でお会いした涌井さんの口からは、会場へ向かう道中すでに様々なお話が飛び出し、その衰えない情熱と実践に裏打ちされた知見に圧倒されながら取材が始まりました。

なぜ、日本農業の衰退は止まらないのか

世界有数の豊かな山林や水資源を持ち、古来米作りを根幹としてきた日本で、これほど農業の窮状が問題視されている。どうしてこの衰退は止まらないのでしょうか。

涌井さんはその元凶として、1970年から2017年まで国の政策として行われていた「減反」を挙げています。

〈涌井〉
私が21歳で秋田県の大潟村に入植し、米作りを始めた1970年、国全体で年間1,400万トンの収穫がありました。それが現在は700万トン。田んぼが半減したも同然の数字です。

後で触れますが、50年続いた減反政策の影響は深刻です。減反は戦後の米余りに対する生産調整の名目で始まった政策です。農地に対する作付面積に事細かな制限が設けられ、過剰に植えた稲は否応なく刈り取り(青刈り)の対象になりました。昨夏、話題になった米不足は様々な要因が囁(ささや)かれています。農家の私に言えるのは、減反政策の長期化による根本的な生産力の低下が招いた事態だということです。

米価が前年同月プラス1万円以上で高止まりしており、農家にはよいことだと思われがちですが、物価高の中、これが続けば消費者が安い海外の小麦や米に移ってしまい、再び米が余り、いま以上に離農者が増える恐れがあります。いま、既存の農業構造そのものが存続の瀬戸際にあるのです。

昨年、話題を集めた全国的な米不足と価格高騰。これらの背景について、記事では紹介できなかったものの、世間で囁かれていることをいくつかご紹介いただきました。

・インバウンドによる米の消費量急増
・南海トラフ地震の警報(巨大地震注意)による買いだめ
・猛暑の影響で、例年は家畜の飼料などに使用される基準以下の〝くず米〟(網下米)が減少。作況指数(その年の農作物の生育や収穫高を表す指標)が嵩増しされた状態になっており、実際に食用に充当される量が指数を下回っていた
・猛暑の影響で、南方に生息する一部の虫が北上、米どころである東北の農家仲間で被害が相次いだ〈涌井さん談〉
 
上記の事実は、言ってみれば人間にはどうしようもない気候や天災といった要因が深く絡んでいます。涌井さんは、この根本には、減反政策による生産力の低下があるといいます。人間の意識や努力で何とかできる部分から目を逸らさず、対処していきたいものです。

本稿では、この政策の矛盾や、制度が終了したいまも農家の間に残っている病根――衰退が止まらない理由を洗い出し、まずその中で農家が生き残る道を示していただいています。

見方を変えれば、驚くほど未来は開けている

「2050年の日本を考えた時、私が感じることを率直にお伝えします。この国ではもう、農業がなくなっているかもしれません」

涌井さんはこのように主張されています。数字で見る限り、日本農業は様々な面で右肩下がりを続けており、未来など全くないように思えます。しかし涌井さんの話は、ここで終わりません。後からこのようにも言われています。

「断っておくと、日本の農業が廃れるという未来予想は、すべて過去の延長線で考えた時の話です」

実際、大潟村では無洗米や発芽玄米、国内で認知度が全くなった頃から米粉100%のグルテンフリー商品といったものの開発・販売を始めており、いまや全国に流通する人気商品となっています。さらに、最近では長らく大手企業の寡占状態だったパックごはんの製造・販売に乗り出すなど、様々な取り組みが進んでいます。

驚くのは、涌井さんの活躍が地元に留まらず、国レベルに及んでいることです。一例として、国の研究機関である国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、通信業界最大手のNTTと組んでスマート農業を推進。このプロジェクトが成功し、技術が全国に広まれば、若者が参加できる農業ができあがり、後継者不足や技術の消失が防がれていくでしょう。記事ではこのことにも触れられています。

涌井さんは、アメリカ大統領選挙や日本の政界の混乱など広い視野を踏まえ、世界はいま価値観の大転換期にあることを感じ取っておられました。それは農業界にも全く同じことが言えます。農業にはいま〝産業革命〟が起ころうとしている――それが本記事での主張です。

農業、日本の食の衰退は決して田舎や農家だけの問題ではありません。農家が生き残るのみならず、国政が残した病根を取り払い、日本農業が復活していくための道筋がここにあります。この記事はもちろん、今月号の『致知』全体を通じて、この2025年から日本を元気にしていく手がかりを掴んでいただけたら光栄です。

 

◉『致知』2月号 特集「2050年の日本を考える」
識者に聞く④〝日本農業のあるべき姿 ~食料自給率をどう高めるか~〟
涌井 徹(大潟村あきたこまち生産者協会 会長)

↓ こんな内容を語っていただいています

◇米不足で露呈した日本農業の脆弱さ
◇減反政策に抗って打ち立てたモデル
◇農家が生き残るために忘れてはいけないこと
◇農業はいま、第二の〝産業革命〟の中にある

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▼『致知』2025年2月号 特集「2050年の日本を考える」
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