諏訪中央病院名誉院長・鎌田實はいかにして赤字病院を立て直したのか

 

貧しい境遇にも屈せず医者となり、弱い立場にある人々のために力を尽くすと共に、国際医療支援や作家としても幅広く活躍する鎌田實氏。(写真・右)39歳で諏訪中央病院の院長に就任。当時赤字経営だった当病院を黒字化した背景を語っていただきました。(対談のお相手は、当時の大王製紙社長・佐光正義さんです。(写真・左))

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温かな病院づくり

<鎌田>
夢と言えば、僕が子供の頃は、世界中を自由に飛び回りたいという夢があったんですよ。

でも現実はどうだったかというと、家が貧乏だったのでどこにも連れて行ってもらえなかった。

ただ、僕は本が好きだったので、夏休みになると図書館で本を借りられるだけ借りて、好きな本なんかは3回、4回と繰り返し読んでは、好奇心をパンパンに膨らませている子供だったんです。

もっとも、医者になったら自由になれるかというとそうじゃなくて、大学に残っている限りは教授の言うとおりに生きていかなければいけない。

でも、僕は大学を出てまで教授の命令で動くような人間にはなりたくはなかった。

もちろん医者として一流になりたいという思いはあったけど、皆と同じことをするのが嫌だったので、同期では僕一人だけが医学部を卒業して大学を離れると、そのまま諏訪中央病院に行きました。

<佐光>
先生はその病院で若くして院長になられていますよね。

<鎌田>
僕は39歳の時に院長に指名されたのですが、公立病院だったので定年が65歳でしょう。

だから60代の部長やドクターも何人かいたわけですよ。

しかも病院は赤字経営。

当時はほとんどの公立病院が赤字で、それがなんとなく許されていた時代でもあったのですが、僕は絶対に赤字でいいわけがないと思ったんです。

これは僕が貧乏の中で育ったからお金の大切さをよく分かっていて、病院だってきちんと経営が成り立っているのが大事だという思いがあったからでした。

ただ、僕より20歳以上目上の方たちに向かって、あなたは稼ぎが足りないからもっと頑張ってくださいなんて言おうものなら、「儲けるためなら開業します」って言われかねません。

医者というのはそれだけ自由な立場なので、僕なりに考えましたよ、何をどう伝えればよいだろうかって。

<佐光>
難しい立場でしたね。

<鎌田>
その時に考えたのが、僕が相手の立場だったとしたら、若造の院長が何をしてくれれば病院に残りたいと思うか、ということでした。

そして考えついたのが、自分がやりたい仕事をやらせてくれるんだったら、きっと残るだろうなと。

だから「儲けよう」とは口が裂けても言わないことにして、代わりに「温かな病院をつくろう」って言い始めたんです。

要は患者さんの身になるってことで、それだったら誰も反対しないわけですよ。

具体的には、どんな患者さんも断らなかったり、多くの病院が休みの正月に溢れるほど患者さんが来られても、医者も自然と集まるような病院です。

小池都知事の言い方をすれば患者ファースト。

医者にとって、これが一番のやりがいになるんです。

ですから僕が院長として19年にわたって温かな病院をやっているうちは、それほど大きな黒字にはなりませんでしたが、赤字には一度もなりませんでした

<佐光>
それはすごい。

<鎌田>
僕は56歳で院長を辞めましたけど、温かい病院でいようという方針はずっと継承されてきました。

そのせいか、僅か人口55,000人の田舎にある病院で、しかも救急医療や高度医療の設備も大したことがないにもかかわらず、東京の病院が集められないほど多く人材が集まってくる、いわば若い医者のマグネットホスピタルになっているんです。

話は少し飛躍しますけど、僕は近いうちに利益一辺倒の資本主義は行き詰まってくると思うんです。

世界的に見てもイギリスのEU離脱とかトランプ大統領が主張するアメリカ第一主義といった内向き傾向はその表れですよ。

ただ、このまま内向き傾向が進めば、過去の歴史が示すように大恐慌や戦争が起こりかねません。

それだけに、日本はあくまで貿易立国として外向きのままで、なおかつ温かい国であることが一つの大きな魅力になっていくだろうと考えています。

そして、その魅力を持ってすれば、内向きになりつつある国々のドアをこじ開けることができると思うんです。

幸いなことに、日本の経営者の多くは基本的にどこか温かいものを持っていますよね。

佐光さんが「がんばらない介護」の活動を応援してくれるのもその表れでしょう。

そういう心を持っている会社は自ずと伸びていくだろうし、厳しい時代になっても生き残っていくことができるんじゃないかっていう気が僕はしています。


(本記事は月刊『致知』2017年5月号 掲載「その時どう動く」から一部抜粋・編集したものです)

◉『致知』2024年11月号 特集「命をみつめて生きる」に鎌田 實氏がご登場◉

日本を代表する臨床心理学者・河合隼雄氏に薫陶を受け、臨床心理士として人生に悩み苦しむ人々の心に寄り添い、共に歩んできた皆藤章氏と、生と死の現場で命をみつめ続けてきた実体験を交え、生きていく意味、幸福な人生を送る要諦を語り合っていただきました。

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◇鎌田 實(かまた・みのる)
昭和23年東京都生まれ。49年東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院にて、地域医療に携わる。63年同病院の院長に就任。医師の傍ら25年以上にわたり、チェルノブイリ、イラク、東日本大震災などの被災地支援に取り組む。最新刊に『遊行を生きる』(清流出版)がある。

◇佐光正義(さこう・まさよし)
昭和30年愛媛県生まれ。53年大王製紙入社。平成9年エリエールテクセル社長。その後、常務取締役、専務取締役、副社長を経て、23年社長に就任し現在に至る。

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