2024年09月30日
~本記事は月刊『致知』2024年11月号 特集「命をみつめて生きる」掲載対談の取材手記です~
河合隼雄氏をご縁に
猛烈な勢力の台風10号が迫りくる2024年8月29日の午後、長野県の自然溢れる八ヶ岳西麗にある「カナディアンファーム」にて、諏訪中央病院名誉院長の鎌田實さんと臨床心理士の皆藤章さんの対談は行われました。
その日の夕方に東海道新幹線が運休となり、長野県内でも猛烈な雨になったことから、あと1日、否、あと数時間遅くても、おそらく今回の対談は延期、もしくは中止になっていたことでしょう。何か目には見えない不思議な力の導きを感じました。
また、会場となった有機農法とサステイナブルな生活を目指す、豊かな自然に囲まれたカナディアンファームも、まさに対談のテーマ「命をみつめて生きる」に相応しい場所でした。天然木によってつくられた自然食レストランにて、ファーム内で穫れた安心安全な食材をいただき、また野鳥の声と雨が木々の葉を叩く音を聴きながら、鎌田さんと皆藤先生の命を巡る対話は始まりました。
鎌田さんは医師として人々の生と死に向き合うと共に、赴任した諏訪中央病院(長野県)の経営を立て直しつつ、地元の方々と健康長寿運動を推進、長野県を全国屈指の長寿県に導きました。さらに作家としても数々の著書を世に送り出すなど、幅広い分野で活躍されています。
皆藤さんは、日本を代表する臨床心理学者・河合隼雄氏に40年以上にわたって薫陶を受けた愛弟子であり、ご自身も臨床心理士としてこれまでたくさんのクライエントの方々の心に寄り添い、その苦悩から立ち直るサポートをしてきました。この7月に、弊社から自伝的な著書『それでも生きてゆく意味を求めて』を出版し、反響を呼んでいます。
そんな二人が対談するきっかけとなったのは、河合隼雄氏と臨床哲学者・鷲田清一氏の共著『臨床とことば』の後書きを鎌田さんが執筆されていたことでした。それを弊社の編集部員が見つけ、河合隼雄氏をご縁にお二人の対談が企画、実現されたのです。
生と死、命を巡る対話
お二人は初対面でしたが、河合隼雄氏を共通の話題に和やかに対談はスタート。しかし、対話が進んでいくにつれて、それぞれの山あり谷ありの歩み、様々な苦悩、悲しみを抱えた患者さん・クライエントとの忘れられない出会い、直面した逆境・困難など、話題は次第に「命とは何か」「生きるとは何か」という本質的な話題に。
特に印象的だったのは、鎌田さんの実の両親を巡るお話でした。鎌田さんは幼少期に生みの親が育てられなくなったため、育ての両親に引き取られ、貧しい生活ながらも愛情深く育てられます。
30代後半まで実の親がいることは知らずにいましたが、鎌田さんはパスポートを取得する時に戸籍を見、事実を知ってしまいます。しかし、鎌田さんはそのことを育ての両親には伝えず、これまで育ててくれた恩を胸に抱きながら従来通りの生活を続け、また育ての両親も最後まで真実を明かさず実の子として接し続けたのでした。
ここから、血は繋がっていなくても、真実の親子関係を最後まで貫いた人間愛の尊さを教えられます。
ところが、2年前、鎌田さんのもとに実の母親が亡くなったという知らせが届きます。実の母親は、鎌田さんがテレビや雑誌などで活躍していることを知っており、心に留めていたそうなのです。知らせを受けた鎌田さんは実の母の墓前、仏前に手を合わせに行きますが……。
皆藤さんの人生体験もまた感動的です。
皆藤さんは河合隼雄氏について臨床心理学の学びを深めていきますが、その途中で、担当するクライエントが亡くなってしまい、「このまま臨床心理士としてやっていけるのだろうか」と深い苦悩と絶望に直面します。皆藤氏は実に10年にも及ぶ河合氏と一対一の対話を通じて人生の絶望から立ち直っていくのですが、その過程には私たちが生きていく上で大事なヒントが鏤められています。
お二人の対談は、最後は「生と死」「命」の本質にまで及び、まさに人生100年時代、変化の激しい現代社会をいかに自分らしく、イキイキと生き抜いていくのか、具体的な指針が満載です。本対談が、皆様の人生を力強く支え、導く羅針盤になることを心より願っています。ぜひ本誌をご覧ください。
●対談内容
◇自分の中には「3分の1の悪人」がいる
◇何もしないことに全力を注げ
◇医者としての背骨になった父の言葉
◇人生を変えた生涯の師との出会い
◇本当に大切なものは形の向こう側にある
◇悲しき人間と共に歩む それが臨床心理士の道
◇原点に戻ることで進むべき道が見えてくる
◇生きていくプロセスに意味はやってくる
◇死をみることで命がみえてくる
◇鎌田實(かまた・みのる)
昭和23年東京生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の公立病院・諏訪中央病院に勤務。63年39歳で同病院院長に就任。地域一体型の医療に携わり、長野県を健康長寿県に導く。平成17年より名誉院長。また日本チェルノブイリ連帯基金と日本・イラク・メディカルネット創設し軌道に乗せ、現在は顧問。国際的な医療支援の取り組みで、読売国際協力賞、日本放送協会放送文化賞を受賞。近著に『鎌田實人生図書館』(マガジンハウス)『鎌田式 長生き食事術』(アスコム)など。
◇皆藤章(かいとう・あきら)
昭和32年福井県生まれ。52年京都大学工学部入学。京都大学教育学部転学部。61年京都大学大学院教育学研究科博士後期課程研究指導認定。大阪市立大学助教授、京都大学助教授などを経て、平成19年より京都大学大学院教育学研究科教授。30年4月からハーバード大学客員教授に就任。現在、奈良県立医科大学特任教授。文学博士。臨床心理士。著書に『それでも生きてゆく意味を求めて』(致知出版社)。