【取材手記】脳が育つ言葉、教育法とは?|林成之×小泉敏男

~~本記事は月刊『致知』2024年10月号 特集「この道より我を生かす道なし この道を歩く」に掲載の対談(人間の可能性をこうして花開かせてきた)の取材手記です~~

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脳科学を通して結ばれた縁

7月下旬、都内某駅。うだるような暑さの中、編集部が改札で待っていると、スーツに身を包んだ長身の男性が目に入りました。幼児教育の門外漢だった約50年前に東京いずみ幼稚園(東京都足立区)を開設し、以来画期的な教育プログラムで子供の能力を伸ばしてきた小泉敏男園長です。

『致知』では2023年7月号 特集「学を為す 故に書を読む」にて初めてその活動を紹介し、多くの反響が寄せられました。3歳、4歳の子供たちが大人でも難しい古文・漢文をすらすらと読んでしまう。卒園生のIQが平均120……そうした驚異的な成長を生み出す要諦を語っていただいたのです。

そんな小泉園長にご足労いただいたわけは、スポーツ脳科学者・林 成之さんとの対談のためです。ご存じない方もいらっしゃるかもしれませんが、林さんはもともと救命救急の現場で活躍した脳神経外科医。瞳孔が開いて従来は回復不能とされてきた患者さんを何度も救ってきた「脳低温療法」という画期的な治療法を確立されました。驚くことに、そこから縁あって脳科学をスポーツに活用した指導を始められ、五輪選手のメダル獲得を多数御膳立てしてきた、稀有な経歴の持ち主です。

本誌2024年8月号 特集「さらに前進」で〈脳が求める生き方〉と題し、脳の本能を時に生かし、時に克服し、潜在能力を解放して生きる術を非常に斬新な角度から解き明かしていただきました。お読みになった方は、脳科学に裏打ちされた潜在能力を引き出して勝負事に勝つ秘訣、シンプルで理に適った言葉の使い方に興味を惹かれたことでしょう。

さて、なぜこのお二人が対談することになったのか――実は小泉園長、ある理由で書物を読み漁る中、林さんが著した教育に脳科学を生かす術を説く本に感銘を受け、十年来その教えを園の教育に取り入れていたのです。

緊張と興奮の入り混じった面持ちでタクシーに乗り込まれた小泉園長とお話ししながら、向かった先は林さんのご自宅。到着するや否や、初対面であることを感じさせない打ち解けた雰囲気で、対談はスタートしました。

脳が高次元の働きを生み出すプロセス

お二人がなぜ、スポーツ指導や幼児教育の現場で、目覚ましい成果を出してくることができたのか? その基本には、ある考え方があります。それは、目を通して入った情報が、脳内でどのように処理され、人間に影響するかというもの。林さんはそれを分かりやすく紹介してくださいました。

 本当は、子供も大人も潜在能力という〝才能〟を秘めている。そしてそれは工夫次第で進化させることができるんです。
それなのになぜ、普段意識することがないかと言えば、人間の脳は難しいことを嫌うからです。

脳にはいくつかの本能があります。「生きたい」という生物としての根源的な本能から、「自分を守りたい」という〝自己保存〟の本能まで持っている。この自己保存の本能が厄介なんです。

潜在能力のようなすぐに理解できない、難しい情報が脳に入ってくると、自分を守ろうとして単純な話に置き換えるから思考が深まりません。さらにこの本能は、何に取り組むにも失敗しないために目標を小さくさせます。

小泉 無意識のうちに、私たちは思考や行動を制限されている。

 人間の脳は本能を基盤に、そこから生まれる「気持ち」と一体で機能していて、その上に「心」が機能しているんですよ。ここが重要なポイントです。

独創的な発想や神業と呼ばれる技術、こういった人間の高次元の営みは「心」の働きを伴います。これらの高度な営みを生み出す潜在能力は、その基盤になる本能を鍛えることで高められるんです。

脳は、誰もが頷くような「生きたい」という根源的な本能はもちろん、「自分を守りたい」という〝自己保存の本能〟まで持っている――。これは、お二人の話を読み解く基本となる重要なポイントです。

これを受けて、小泉園長はこうおっしゃいました。

小泉 その話で言いますと、小さい子ほど本能に近いですよ。親が子供の本能を伸ばすように接することでものすごく成長します。

 その通りですね。

小泉 ただ、人間には先入観というものがあります。殊(こと)に子育ては実の親や生まれ育った環境、限られた情報に左右されて、つまらない、辛いものと思い込んでしまう方が多いです。その先入観で育児に入るとどうなるか。

子育ては必ず壁にぶつかります。その時に、うまくいかないことを子供や環境のせいにして、子育てという尊い営みを大変陳腐なものにしてしまう。手探りで子育てをする怖さはそこで、きちんと軸を教えないといけないんです。

だから当園では入園前にご両親と面談して、子育てに対する意識合わせをします。子供が育つ上で望ましくない場合は、反発されるのは覚悟の上ではっきり言います。脳をきちんと育てていけば、先生の言うように心が素直で頭もいい、素晴らしい子に育ちますよと。

脳の本能に着目し、それに合わせた教育をすれば、子供は素直にどんどん育っていく。小泉園長はそのことを長年の実践を通して体感してこられました。

ただ、脳科学を教育に生かすとひと口に言っても、実際にはどうすればいいのでしょう。今回の対談では、そこをグッと掘り下げて伺ってきました。

姿勢と言葉――この根源的なるもの

先ほど記したように、脳には生きる上で大切な、しかし同時に強力であるがゆえに厄介な本能があります。人を育てるということは、それに寄り添うこと、なのかもしれません。

詳しくは本文をお読みいただきたいのですが、ここではその糸口となる二つの要素を紹介します。それは「姿勢」と「言葉」です。

小泉 先生は本能を鍛えることが潜在能力を高めるとおっしゃいました。すると実際にはどの本能を鍛えればいいのでしょう。

 人間の本能の中で、特に強い力を持っているものがあります。

1、生きたい
2、知りたい
3、仲間になりたい
4、伝えたい
5、自分を守りたい

です。前半の3つは、脳を構成し、互いに繋がり合って情報を処理する脳神経細胞がもともと持っているもの。残りの2つは、既に説明した〈ダイナミック・センターコア〉(*本文参照)の働きで生まれてくる本能です。

問題になる「自分を守りたい」は「生きたい」に根差していて、決して悪者ではありません。これをうまく克服して、美しい本能を発揮することが大事なんです。

小泉 先ほど空間認知能の話がありましたよね。当園では、毎朝の教室での活動の初めに3分、必ず時間をとって「立腰(りつよう)」と「瞑想(めいそう)」をするんです。姿勢と脳って実際、どんな関係があるんですか。

 姿勢が崩れたらおしまいです。情報が入ると空間認知能が働いて「気持ち」が動くんですよ。姿勢が悪ければ空間認知も歪むので、気持ちが落ち着きません。

小泉 やっぱり。姿勢の悪い子は授業でもキョロキョロしてしまって集中できません。当園では、……(後略)

姿勢が歪むと、脳に入ってくる情報も歪み、したがって気持ちが落ち着かず、すべてが揺らいでしまうことを、林さんは指摘しています。東京いずみ幼稚園では、まずそれを整えることを毎朝の習慣とされています。

さらに、重要になるのが「言葉」。語彙力の重要性はいまさら強調するまでもありませんが、お二人の実践は、それを踏まえた日常の何気ない言葉の使い方にあります。

 長らく指導してきた卓球女子日本代表の監督に昔、伝えたことがあるんです。彼女が「先生、53年間、中国に勝てていないんです」と言ってきた。それを聞いてすぐ言いましたよ。

「勝ったことがないって言ったら、もうおしまいなんです。逆に『きょうは中国選手団の調子が悪い。私は絶好調!』って大きな声で喋ってから試合に入るように」

って。

解説者として活躍中の石川佳純君も指導していましたから、相手がどれだけ強くても「きょうは自分の日だ!」と思って試合に臨みなさい、とよく言いました。

小泉 それはつまり?

 潜在能力は、少しでも負けを意識すると消えていくんです。例えば誰かに勝ちたい、自分が一番になりたい。こういう目標では、その中に「負けたくない」、自己保存の本能が働くからですよ。

なるほど……。そう膝を打ちたくなるようなお話が、これ以外にも対談中にいくつも飛び出しました。お二人の話を伺うと、人間はいかに普段から潜在能力というものを見限っていたかを思い知らされます。脳が求めるものを活かして生きる――この対談を読まれた方の人生が、より豊かに楽しいものになることを願ってやみません。

▼対談内容はこちら!▼

■脳科学と教育の交差点で
■本能という基盤を鍛えて伸ばす
■「あなたは一人で四人分、頑張って」
■語彙が乏しいことの悲しさ
■幼児教育にはびこる先入観との闘い
■脳を前向きな気持ちで動かす
■ほんの少しの工夫が潜在能力を発現させる
■勝手に本能が育つ〝心のプレート〟づくり
■潜在能力を引き出す言葉の使い方
■いいところを摘んで、喜ぶ
■人育てという国育ての道を歩く

↓記事はこちらから一部お読みいただけます↓


◇林 成之(はやし・なりゆき)
昭和14年富山県生まれ。日本大学医学部、同大学大学院博士課程修了。マイアミ大学医学部、同大学救命救急センターに留学。平成3年日本大学医学部附属板橋病院救命救急センター部長に就任。27年より同大名誉教授。脳低温療法を開発し、医学界に貢献する傍ら、トップアスリートの指導に関わる。著書多数。『運を強くする潜在能力の鍛え方』(致知出版社)を刊行予定。

◇小泉敏男(こいずみ・としお)
昭和27年東京都生まれ。大学在学中に小泉補習塾を運営、卒業後の51年父と共にいずみ幼稚園を創設し、副園長に就任。石井式漢字教育、ミュージックステップ音感教育など画期的なプログラムを早期に導入。平成7年より園長。16年第13回音楽教育振興賞を幼児教育界で初めて受賞する。近刊に『国語に強くなる音読ドリル』(小泉貴史氏と共同監修/致知出版社)がある。

▼『致知』2024年10月号 特集「この道より 我を生かす道なし この道を歩く」ラインナップはこちら [致知電子版]

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