稲盛和夫氏のナマの言葉を書き留めた、元秘書の秘蔵ノート60冊の中身を公開


日本を代表する経営者・稲盛和夫氏の秘書を務め、JALが経営危機に陥った際にはともに第一線で再建に携わるなど約30年間にわたり稲盛氏の側近として薫陶を受けてきた大田嘉仁氏。この度新たに刊行される大田氏の著書、『運命を開く生き方ノート』では、稲盛氏が常日頃から語っていた言葉や教えを書き留めていたという60冊にも及ぶ秘蔵ノートの中身を公開します。本書刊行に至るまでのエピソードと、刊行に込めた思いが綴られた「はじめに」の全文をお届けいたします。

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はじめに

私は、1954年、鹿児島市薬師町で生まれました。

その22年前、同じ薬師町で「経営の神様」と呼ばれる稲盛和夫さんは生まれています。

私の社会人人生の中で生家が一番近いのは稲盛さんであり、一番長く仕事をしたのも稲盛さんです。

その稲盛さんとの最初の会話を私はよく覚えています。

1978年、新卒で京セラ(当時の社名は京都セラミック)に入社し、半年ほどたった頃、当時の稲盛社長を囲むコンパが開催されました。

稲盛さんは「思うところをなんでも言ってくれ」と話すのですが緊張のせいか、誰も口を開きません。

そこで私が「京セラは高収益なのに、福利厚生が全然できてない。なぜですか?」と聞きました。

すると稲盛さんは「お前みたいな新入社員に何が分かる。俺は、皆が京セラで働いて良かったと思ってもらえるよう必死で努力してるんだ」と私を睨みつけました。

それでも私が「私たち新入社員は4人部屋の寮に入れられ、普通の生活もできてません」と言うと「だから、良くしてあげようと頑張っていると話しているじゃないか」と答え、そこで、最初の会話は終わりました。

稲盛さんは、生意気な新入社員が入ってきたと思ったのかもしれません。

その生意気な性格は変わることはありませんでした。

私は、社費で米国ジョージワシントン大学経営大学院に留学させていただき、1990年、幸運にも首席で卒業することができました。そのこともあったのでしょう。

稲盛さんが、翌1991年春、当時政治的にも大きな影響力を持つと言われた政府の第3次行政改革審議会部会長に抜擢された際、私は突然特命秘書に指名されました。

その数年後、稲盛さんから「お前は、先輩や役員にでも何でも言っているらしいな。生意気だと文句を言っているやつがいるぞ。もっと気を遣いなさい」と注意され、ドキッとしたことがありました。

ただ、そのあと「俺には、これまで同様、何でもドンドン言ってくれよ」と付け加えられ、少し安心したことを覚えています。

その後、先輩や役員の方には、できるだけ気を遣うようにはしましたが、稲盛さんには、ある意味「生意気なまま」分からないことや納得できないこと、また、自分が思いついたアイデアなど、率直に伝えるようにしていました。

あまりに的を外れたときには叱責を受けることもありましたが、稲盛さんは、基本的には嫌な顔をすることもなく、私の拙い質問などにも丁寧に回答されました。

私は、そのような稲盛さんとの会話の中から多くのことを学ぶことができたように思います。

特に几帳面な性格ではないのですが、私は中学生の頃から日記をつける習慣がありましたので、稲盛さんとの会話や教え、気づきなどをできるだけノートにメモ書きするようにしていました。

そのノートは、京セラを退任するときには60冊ほどになっていました。

そのことを日頃から親しくさせていただいている致知出版社・藤尾秀昭社長に伝えると「貴重な記録なので、そこから印象に残る稲盛さんの言葉を抜き出して、書籍としてまとめてみたらどうか? きっと、世の中に役に立つはずだ」と勧められました。

37歳で特命秘書となった際、稲盛さんから、要人の方々との打ち合わせや会食には同席するように言われていたのですが、稲盛さんより22歳も若い人間が一緒にいることを訝しげに見る人もいました。

また、私自身も戸惑うこともありました。

そんな私に対し、稲盛さんは最初「お前はメモ帳のようなものだ。便利だから同席させているんだ」と話していたのですが、途中から「この場で勉強し、大成してほしいから、お前を同席させているんだ」と言うようになりました。

私が京セラの役員になった頃は「いつまでも俺の陰に隠れずに、出しゃばれ。これまで学んだこと、自分で成し遂げたことに自信を持って、皆に伝えなさい」と発破をかけられるようにもなりました。

藤尾社長から先のような提案をいただいたときに、私は、そのことを思い出し、稲盛さんと1番長い時間を共有し、謦咳に接することができた私には、稲盛さんから学んだことを発信する役割があると改めて思い、「分かりました」と返事をしたのです。

ただ、その作業は簡単ではありませんでした。自分の字とはいえ、走り書きの約60冊のノートを丁寧に読み返し、気になった言葉をピックアップし、整理、分類するには、途方もない地道な作業が必要となるからです。

しかし、その地道な作業を続けていると、あるときから、言葉の方から「私をピックアップしてほしい」と呼びかけられるような感覚に陥るようなこともありました。

稲盛さんの善き思いに満ちた言葉が私のノートから次々と現れてくるのです。

本書は、その多くの言葉の中から、さらに選び抜いた言葉で構成されています。

原稿を書き終わり、読み直してみると、厳しい表現もありますが、稲盛さんのどの言葉にも、すべての人の幸せを願い、すべてに善かれしという大きな愛が満ちていることに気が付きました。

人間を語るときも、経営を語るときも、その善き思いが間違いなく根底にあるのです。

本書では基本的には、稲盛さんの言葉をそのまま引用していますので、読み方によっては誤解を与えるかもしれません。

しかし、私が、勝手に当たり障りのない言葉に修正するより、生の言葉のままのほうが、稲盛さんの純粋な思い、迫力、そして愛を感じられると思い、あえてそうしています。

稲盛さんが、いつまでも生意気な若造であった私を長く近くにおいてくれたことに、今改めて心から感謝しています。

稲盛さんからは、この世に偶然はなくすべてに意味があり必然だと教えてもらいました。

そうであるなら、私が稲盛さんの近くで長く仕事をさせていただいたことも必然であり、意味があるはずであり、その意味の1つには、私が稲盛さんから学んだことを広く世に伝えることがあると感じているところです。

致知出版社・藤尾社長からの出版の勧めがなければ、私の60冊のノートは死蔵されることになり、稲盛さんの貴重な言葉も埋もれてしまったはずです。

このような機会をいただいた藤尾社長に心からの謝意を表する次第です。

なお、本書の執筆にあたっては、致知出版社・書籍編集部次長小森俊司さんには大変お世話になりました。心から感謝申し上げます。

本書に収められた稲盛さんの愛に満ちた言葉が、多くの読者の方々に希望とエネルギーを与えることを心から願っています。

2024年 盛夏 大田嘉仁

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『致知』2023年10月号 特集「出逢いの人間学」では、稲盛氏の薫陶を受けてきた石田昭夫氏と大田嘉仁氏が実体験から掴んだ稲盛哲学の神髄、人生・仕事を発展させる極意を語り合って頂きました。
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◇大田嘉仁(おおた・よしひと)
昭和29年鹿児島県生まれ。53年立命館大学卒業後、京セラ入社。平成2年米国ジョージ・ワシントン大学ビジネススクール修了(MBA取得)。秘書室長、取締役執行役員常務などを経て、22年日本航空会長補佐専務執行役員に就任(25年退任)。27年京セラコミュニケーションシステム代表取締役会長に就任。現職は、MTG取締役会長、学校法人立命館評議員、鴻池運輸取締役、新日本科学顧問、日本産業推進機構特別顧問など。著書に『JALの奇跡』(致知出版社)、『稲盛和夫 明日からすぐ役立つ15の言葉』(三笠書房)などがある。

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