【編集長取材手記】王貞治さんが語った大谷翔平選手の「成功の秘訣」

~本記事は月刊『致知』2024年10月号 特集「この道より我を生かす道なし この道を歩く」掲載対談の取材手記です~

「この道」を一筋に歩み続けてきた二人の超一流プロ

「この道より我を生かす道なし この道を歩く」

文豪・武者小路実篤が色紙によく揮毫した言葉です。明治・大正・昭和にかけて活躍し、生涯に7,000篇を超える作品を執筆した実篤。作家として生きる以外に自分の道はない、この道をひたすら深めていくだけだ、決して器用ではないけれども自分は自分なりの生き方を探究していこう、という思いが込められているのでしょう。

料理と野球――ここにそれぞれの「この道」を一筋に歩み続けてきた二人の超一流プロがいます。和食の神様・道場六三郎さん93歳、世界のホームラン王・王貞治さん84歳。

お若い頃から心技体を錬磨して並外れた実績を上げ、高めた自分で以て後進を導きながらいまなお第一線で活躍し、業界のレジェンドとして存在感を放っています。その生き方はまさに「この道より我を生かす道なし この道を歩く」そのものでしょう。

共に長年の『致知』愛読者でもあるお二人の人間学談義から「人はいかにして大成するか」「勝負を制する要諦」「逆境に処する心得」を学びます。

月刊『致知』創刊46周年記念号となる最新号(2024年10月号)に王貞治さんと道場六三郎さんの対談記事が掲載されています。テーマは「この道より我を生かす道なし この道を歩く」です。

平素の努力の積み重ねが思いがけない幸運に恵まれる

この対談企画が実現した経緯を振り返ると、二つの先達の言葉が思い浮かびます。

一つは、「縁尋機妙 多逢聖因(えんじんきみょう・たほうしょういん)」。
東洋思想家・安岡正篤(まさひろ)の言葉です。
縁尋機妙とは、よい縁がさらによい縁を尋ねて発展していく様は誠に妙なるものがある。多逢聖因とは、よい人に交わっているとよい結果に恵まれる、という意味です。

もう一つは、「功の成るは成るの日に成るに非(あら)ず。けだし必ず由(よ)って起こる所あり。禍の作(おこ)るは作る日に作らず。また必ず由って兆す所あり」。
唐宋八大家の一人に数えられる文人・蘇老泉(そろうせん)の「管仲論」に出てくる言葉です。
人はある日突然成功するわけではない。平素の努力の集積によって成功する。禍が起こるのも、その日に起こるのではない。前から必ずその萌芽があるということです。

元を辿れば、そもそもお二人が『致知』に共鳴共感し、道場さんは8年、王さんは20年にわたって愛読してくださっていることが実現に結びついた大きな要因です。

とはいえ、王さんは実に15年ぶりのご登場。その間、折に触れていくつかの対談企画を持ち掛け、取材依頼をしたのですが、ご多忙ゆえにいずれも実現には至りませんでした。

そんな中、今年2月に道場さんのお孫さんと連絡を取り合っていた際、「93歳まだまだゴルフと料理を楽しんでおります」という言葉に衝撃を受け、いま一度取材したいと思い、企画を立案し、2月22日に道場さんをインタビューさせていただきました。

この時の忘れ得ぬ取材の様子は、以前執筆した取材手記<和食の神様・道場六三郎が93年の人生を通して掴んだ「成功し続ける秘訣」>に詳述していますが、1時間半に及ぶ取材内容を渾身の思いで7ページの記事にまとめ、それが5月号特集「倦まず弛まず」のトップインタビューに掲載されました。

掲載後しばらく経ったある日、致知出版社にある一本の電話がかかってきました。それが何と、王さんご本人だったのです。『致知』5月号を200冊購入したいという用件でした。道場さんの記事にとても感動したので、ソフトバンクホークスの選手たちにもぜひ読ませたい、とのこと。200冊のご注文を頂戴したことが機縁となり、お二人の対談を思い立ち、弊社社長から王さんに真心のこもった取材依頼のお手紙を出したところ、プロ野球のシーズン中にも拘らずご快諾いただくことができたのです。

道場さんの取材や執筆をしていた時は、まさかこのような結果になるとは全く想像していませんでした。この一連の流れを振り返ると、一回一回の闘い、一つひとつの仕事に全力を尽くし切り、周囲の人から感謝され、感動される仕事を積み重ねていくことで、思いがけない幸運に恵まれる、仕事がまた新たな仕事を呼んでくれることを痛切に実感します。

〝世界のホームラン王〟と〝和食の神様〟の心に響く名言

7月9日(火)、都内ホテルにて行われた対談取材では、共に一道を極めた者ならではの深奥な話が次々に展開され、「体力的に1時間半を限度にしてください」といわれていた当初の予定を超過して2時間に及びました。

その内容を凝縮して誌面11ページ、約14,000字の記事にまとめました。主な見出しは下記の通りです。

 ◇小細工はしない 正々堂々と勝負する
 ◇見られている意識を常に持つ
 ◇結果ではなく過程を自らに厳しく問う
 ◇健康の秘訣は小さな勇気で一歩踏み出す
 ◇今日まで第一線で活躍し続けられている理由
 ◇〝世界のホームラン王〟はかくして生まれた
 ◇〝和食の神様〟が大切にしている原点
 ◇勝敗を分けるのは無心になれるか否か
 ◇逆境とはより高い頂に到達するための跳躍台
 ◇強いチームをつくるために監督として大切な心得
 ◇この道一筋に歩む中で掴んだ「人生で一番大事なもの」

特に心に響く名言を2つずつピックアップします。

「どんな世界でも、いまはすぐに答えを求める、答えを出そうとするのが流行りのようです。しかし、答えを出すまでの過程で努力することが大事なんですよね。常に〝もうこれでいい〟ってことはありませんから。小細工をしたりすぐに答えを求めたりしていては、結果的には本物に手が届かなくなってしまうと思います」(王)

「僕は常日頃、〝これが日本一か〟ってよく自分に問いかけていました。これ以上のものはないというくらいのレベルでやらなきゃダメだと思います。それでも最初のうちは大したことないんですから。〝日本一、日本一〟と言いながら、とにかく自分の精魂の限りを傾けていく」(道場)

「逆境は次のステップに進むために必要不可欠な跳躍台であって、そこで苦労し逃げずに乗り越えようと努力していけば、いままでよりも高いところに到達できるのだと教えられました」(王)

「この道があるから生きてこられたわけで、この道から外れたら生きていけません。いまでもずっと料理のことを考えていますから。この道から外れるにも外れられない。生きている限り、この道しかない」(道場)

90代と80代のいまなお矍鑠たるお二人の立ち居振る舞い、超一流プロの思考、生きざまに心を打たれずにはおれません。

王貞治さんに投げかけた直球の質問とその回答

本誌の対談では紙幅の都合上、どうしてもカットせざるを得なかったエピソードがありますので、この取材手記で特別にご紹介します。

それは、メジャーリーグ史上最速で40-40(40本塁打&40盗塁)を達成し、さらには未だかつて誰も到達し得なかった史上初の43-43の記録を打ち立て、いまもその記録を伸ばし続けている大谷翔平選手に関する話題です。

通算868本のホームランを放った世界のホームラン王に、「大谷選手はなぜあれほどの活躍を遂げているのか」と直球の質問を投げかけたところ、王さんは鮮やかにこう打ち返してくださいました。

「もちろん素質はあると思います。でも、素質プラス志。やはり大谷君は若い頃から心懸けが違っていました。彼が花巻東高校時代に取り組んだマンダラチャートは世に広く出ていますけど、高校時代から志を持っているっていう印象を受けます。自分の志に向かって一途に突き進むと。彼の姿を見ていると、生活臭がないんですよ。それだけ桁外れの努力をしているのだと思います。

彼のチャートの中には、何歳でアメリカに行って、アメリカでホームラン王を獲るって書いてある。メジャーリーグで日本選手がホームラン王を取るなんて、絶対にあり得ないと思われていたにも拘らず、それを実現しましたから。望まないものは手に入らないってことですよね。

間違いなく、いま世界で一番注目されている選手でしょう。彼は日本の野球をすごくレベルアップしてくれました。そして、野球をやっている人だけじゃなくて、野球に興味のない人も含めてみんなが勇気を持ったんじゃないでしょうか」

これを受けて、道場さんが答えられます。

「しかし、やっぱりON(王・長嶋)の時代から、最近ではイチローや松井など、そういう日本野球界の歴史というか、各時代のトップ選手たちが活躍してきた下地が積み上がっていって、大谷選手が生まれたんでしょうね」

「ありがとうございます。そうですね。大谷君のようなスーパースターが出てきたから、これから日本のプロ野球選手も、他分野の人たちも、彼に追いつけ追い越せで頑張ってほしいと思いますね。誰かしらまた出てきてほしいですし、出てくると信じています」

王さんは感慨深げにこうおっしゃいました。

「世界のホームラン王」と「和食の神様」――異色の組み合わせながら、そこに通底する人間学談義には仕事や人生を成功へと導くヒントが凝縮されており、興味は尽きません。ぜひ本誌の対談記事をお読みください。


◇王 貞治(おう・さだはる)
昭和15年東京生まれ。34年早稲田実業高等学校を卒業後、読売ジャイアンツに入団。48年と49年三冠王。52年通算本塁打756本の世界記録を達成し、初の国民栄誉賞を受賞。55年通算本塁打868本の世界記録を最後に現役生活を終える。59~63年読売巨人軍監督。平成7年福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)監督就任(20年退任)。18年第1回ワールド・ベースボール・クラシックで日本代表監督を務め、優勝へ導く。21年より福岡ソフトバンクホークス会長。著書に『野球にときめいて 王貞治、半生を語る』(中公文庫)など多数。

◇道場六三郎(みちば・ろくさぶろう)
昭和6年石川県生まれ。25年単身上京し、銀座の日本料理店「くろかべ」で料理人としての第一歩を踏み出す。その後、神戸「六甲花壇」、金沢「白雲楼」でそれぞれ修業を重ね、34年「赤坂常盤家」でチーフとなる。46年銀座「ろくさん亭」を開店。平成5年より放送を開始したフジテレビ『料理の鉄人』では、初代「和の鉄人」として27勝3敗1引き分けの輝かしい成績を収める。17年厚生労働省より卓越技能賞「現代の名工」受賞。19年旭日小綬章受章。著書に『91歳。一歩一歩、また一歩。必ず頂上に辿り着く』(KADOKAWA)など多数。

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