人生の軽重を決めるのは晩年? 〝人類の教師〟 鈴木大拙の晩年に学ぶ

渋沢栄一翁は晩年について、次のような言葉を遺しています。「人の生涯をして重からしむると軽からしむるとは、一に其の晩年にある」。超高齢社会を生きる日本人に求められる、晩年のあり方とは。30年余りを長寿者の研究に捧げてきた前坂俊之氏に語っていただきました。

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100年生きる日本人に必須の「晩晴学」

<前坂>
いま、日本に暮らす100歳以上の高齢者、いわゆる〝百寿者〟が、60年前と比べてどのくらい増えているかご存じでしょうか?

1963年の統計で、その人口は全国で僅わずか153人でした。それが2023年には、男性1万550人、女性8万1,589人で、合計9万2,139人(約602倍)に増えています。

この傾向は今後も続き、一説には団塊の世代が100歳を迎え始める2047年に50万人を突破、49年には65万人を超えると予測されています。これは昨年(2023年)度の島根県の推計人口約64万9,000人を上回る数字です。

留意すべきは男女共に平均寿命が延びている半面、人の手を借りずに生活できる健康寿命との間に10年前後の開きがあることです。昔と比べたら天国に思える人生百年時代は、晩年に病気や介護など様々な問題を孕んでいるのです。

(中略)

渋沢栄一翁が、晩年についてこう言い遺しています。

「人の生涯をして重からしむると軽からしむるとは、一に其の晩年にある。随分若いうちは、欠点の多かつた人でも、其晩年が正しく美はしければ、其の人の価値は頗る昂つて見えるものである」

人生の軽重を決めるのは晩年、晩年が立派でありさえすればその人の価値は上がる。では晩節に輝ける人はどんな人か。私は「晩晴学」と題して研究していますが、いまこそ真剣に考えるべきテーマではないでしょうか。

「ノー・ナッシング・サンキュー」

<前坂>
日本の禅を「ZEN」として世界に広め〝人類の教師〟と呼ばれる禅学者・鈴木大拙。

1870年に加賀国(石川県金沢市)で生まれ、本名は貞太郎。幼い頃に父を亡くし、苦労して四男一女を育てた母も20歳で失い、宗教心の強い土地柄と相俟って信仰心を深めていきます。上京後、大学時代に鎌倉の円覚寺を訪ね、今北洪川老師の下で参禅、翌年その遷化に伴い後継者となった釈宗演老師に就いて24歳で「大拙」の居士名を授かります。

1893年、釈老師がシカゴ開催の「万国宗教会議」に日本仏教代表として呼ばれ、講演原稿の英訳を大拙が担当。詳細は省きますが、その内容が編集者ポール・ケーラスに感動を与え、米国で禅が普及するきっかけとなりました。大拙の米国滞在は13年に及び、仏教書の英訳から自著の執筆まで、超人的な布教活動を見せました。

その晩年に秘書として付き従った岡村美穂子さんの回想によると、90歳頃の大拙は長寿法の質問に「仕事こそ人生なり」と真面目に答え、こうも話したそうです。

「死を恐れるのは、やりたい仕事をもたないからだ。やりがいのある、興味ある仕事に没頭し続ければ、死など考えているヒマがない。死が追ってくるより先へ先へと仕事を続ければよいのである」

一日の仕事があればとにかくそれを行い、他のことは考えない。したくもない仕事では難しいが、やりたい仕事をすれば余計な妄想はなくなる。こういうことを「莫妄想」というのだと教えています。

大拙は90歳でインド政府の招きを受けて渡印し、94歳で再渡航するなど最後まで西洋と東洋の思想の架け橋となりました。

最晩年は円覚寺の山門の奥にある松ヶ丘文庫に住し、130段ある石段を飄々と上ったといいます。そして1966年、秘書の岡村さんが英語で何か欲しいものがありますか? と聞くと

「ノー・ナッシング・サンキュー」

と答え、95歳で生涯を閉じました。

生死一如―生死を超えた老師の姿がそこにありました。


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エッセイ〝「人生の真価は晩節に宿る 先達に学ぶ〝晩晴学〟」〟
前坂俊之(静岡県立大学名誉教授)

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◆100年生きる日本人に必須の「晩晴学」
◆75歳から日本復興へ〝電力の鬼〟松永安左エ門
◆86歳で復活した〝憲政の神様〟尾崎行雄
◆94歳まで東西の架け橋に〝人類の教師〟鈴木大拙

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◇前坂俊之(まえさか・としゆき)
昭和18年岡山県生まれ。44年慶應義塾大学卒業後、毎日新聞社入社。情報調査部などを経て、平成5年静岡県立大学国際関係学部教授。ジャーナリズム論、国際コミュニケーション論等を専門とする傍ら、30年にわたり長寿者研究を重ねる。著書多数。近著に『人生、晩節に輝く』(日本経済新聞出版)がある。

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