「まアいいや、どうだって」——『サアカスの馬』から学ぶ明るく受け止めることの大切さ(『名作が教える幸せの見つけ方』)

月刊『致知』で15年以上続く鈴木秀子氏による人気連載「人生を照らす言葉」。本書は、170回を超えるコラムの中から22編を厳選し、「よりよき人生の心得」「心をひらく」などのテーマに沿って再構成したものです。齋藤茂吉の『赤光』にはじまり、夏目漱石『こころ』、サン=テグジュペリ『星の王子さま』、など、日本人に馴染みの深い、懐かしくも温かい名作文学への著者の深い想いが詰まった1冊です。本書の中から、安岡章太郎の『サアカスの馬』から読み解く「明るく受け止めることの大切さ」についてご紹介します。

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現実を明るく受け止めることの大切さ

僕は、まったく取得のない生徒であった。

成績は悪いが絵や作文にはズバ抜けたところがあるとか、模型飛行機や電気機関車の作り方に長じているとか、ラッパかハーモニカがうまく吹けるとか、そんな特技らしいものは何ひとつなく、なかでも運動ときたら学業以上の苦手だった。

この短編小説には、誰もが体験したことのあるような、日常的でごく平凡な心象風景が綴られています。

中学生の主人公である「僕」は、何かに秀でていて周りから尊敬を集めるような存在でもなく、かといって人から白い目で見られる不良少年というわけでもありません。

可もなく不可もなく、大衆の中に埋没していて誰からもその存在を認められないような一人の少年です。

教室でも僕は、他の予習をしてこなかった生徒のようにソワソワと不安がりはしなかった。どうせ僕にあてたって出来っこないと思っているので、先生は、めったに僕に指名したりはしない。

しかし、たまにあてられると僕はかならず立たされた。

教室にいては邪魔だというわけか、しばしば廊下に出されて立たされることもあった。

けれども僕は、教室の中にいるよりは、かえって誰もいない廊下に1人で出ている方が好きだった。

たまたまドアの内側で、先生が面白い冗談でも云っているのか、級友たちの「ワッ」という笑い声の上ったりするのが気になることはあったけれど……。

そんなとき、僕は窓の外に眼をやって、やっぱり、(まアいいや、どうだって)と、つぶやいていた。

この少年は、先生に叱られるなど、何かバツの悪いこと、不都合なことがある度に、「まアいいや、どうだって」と呟きます。

ここで留意すべきことは、少年がそう呟く時、「だから自分は駄目だ」とは決して言っていないことです。

それが彼の普通と違うところであり、平素の明るさに繋がっているといえます。

この「まアいいや、どうだって」という呟きには、不都合な現実に直面してこれを否定したり、ネガティブに陥ることなく、明るく受け止める力があります。

これは人生という決して平坦ではない道を歩んでいく上で大変重要なキーワードだと私は考えます。

たいていの人はこの少年のように特別な才能もなく、大衆に埋没してしまう平凡な存在です。

その現実を否定して、もっとできなければ、もっと認められなければと過剰な期待を抱いてしまうと、現実とのギャップの大きさに苦しむことになります。

少年の「まアいいや、どうだって」という呟きは、現実を否定せず、まず受け止める素直さの表れであり、「こうでなければ駄目」という際限のない悩みに陥らないための少年なりの知恵と見ることもできるのです。

本記事の内容は、『名作が教える幸せの見つけ方』(鈴木秀子・著)より抜粋しています。
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◇鈴木秀子(すずき・ひでこ)
文学博士。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。聖心女子大学教授を経て、現在国際文学療法学会会長、聖心会会員。日本にエニアグラムを紹介。『悲しまないで、そして生きて』(グッドブックス)『心がラクになる新約聖書の教え』(宝島社)など著書多数。

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