【追悼】アサヒビール社友・福地茂雄さん—— 『致知』に寄せてくださったラストメッセージ

アサヒビール社長やNHK会長、新国立劇場理事長などを歴任した福地茂雄さんが2024年1月29日にお亡くなりになりました。89歳でした。弊誌『致知』も長年にわたってご愛読くださり、対談へのご登場や連載の執筆をしていただくなど、多大なるご恩顧を賜りました。福地さんへのご冥福を心からお祈りし、弊誌への最後の寄稿となった「巻頭の言葉」をご紹介します。

 

いまは既に過ぎ去った過去

<福地>

自営であれ、中小企業であれ、大企業であれ、一つの経営体を維持していく上で大切なものは〝ヒト、モノ、カネ〟と言われてきました。しかし私は、〝時間〟と〝情報〟も同様に大切だと思います。

〝ヒト〟は、自己研鑽や第三者による研修、またはその企業が必要とする人材を新規採用することによって、量も質も増やすことができます。

〝モノ〟は、研究・開発部門の人材によって新しく生み出され、さらに機能を高めたり、また量を増やすこともできます。

〝カネ〟は、元手を増やしたり借り入れをしたりすることで充足できます。

しかし、〝時間〟はどうでしょうか。時間は誰にも等しく1日24時間しか与えられていません。増やすことも借りることもできず、限られた24時間を有効に利用するしかないのです。諺(ことわざ)に「急がば回れ」とありますが、慌ただしいビジネスの現場では、回り道をする決断をなかなか下しにくい現実もあります。

時間の流れを表す言葉として、過去、現在、未来があります。辞書には、それぞれの意味が次のように説明してあります。

・過去:過ぎ去った時刻

・現在:過去と未来の間、いまこの時

・未来:これから来る時、将来

あいにくこの説明を読んでも、いつからが現在で、いつまでが現在となるかはっきりしません。

経営判断の場では、〝現在〟はなく、〝いまという過去〟しかないと私は思っています。刻々と状況が変化する経営の現場では、〝現在〟、すなわち〝いま〟は、既に過ぎ去った過去なのです。

そう考えると、〝いま〟できる経営判断を明日という将来に引き延ばしてはなりません。〝いま〟できることは〝いま〟決断すべきです。いまは、〝いまという過去〟に過ぎないのです。

いま成すべきことを十分成し遂げているか

<福地>

昨年、『日本経済新聞』の一面トップに、「揺らぐ人材立国/『低学歴国』ニッポン 博士減、研究衰退30年 産学官で意識改革を」という記事が掲載されました。さらに翌朝には、「空洞化する卒業証書 学び直し、企業も学校も」と書かれていました。

私は、必ずしも立派な学歴が必要だとは思いません。問題を感じるのは、「空洞化する卒業証書」、つまり、相応の学力に達していないのに安易に卒業証書を渡すことです。

最近、社会に出てからの学び直しのニーズが高まっています。仕事に求められる専門知識を身につけ、自分の能力に磨きをかけることはもちろん素晴らしいことです。しかしその一方で、在学中の時間の無駄遣いについても考えていく必要があると私は思います。

学業の場は事業の場と同じで、「いま成すべきことを十分成し遂げているか」「いま成すべきことを明日以降に延ばしていないか」を常に問うていくことが大切です。

〝いま〟は飛んでゆく矢の如く過ぎ去っていきます。そして二度と戻ってきません。私たちは、〝いま〟という時間をいかに無為に過ごしていることでしょうか。

「少年老い易やすく学成り難し」「一寸の光陰軽んず可からず」の金言をいま一度噛み締め、それぞれの立場で〝いま〟できること、〝いま〟判断すべきことを、明日に引き延ばすことのないよう心掛けていきたいものです。

★本記事は『致知』2023年12月号掲載「巻頭の言葉」の一部を抜粋・編集したものです。

◇福地茂雄(ふくち・しげお)

昭和9年福岡県生まれ。32年長崎大学経済学部卒業後、アサヒビール入社。京都支店長、営業部長、取締役大阪支店長、常務、専務、副社長を経て平成11年社長に就任。14年会長。18年相談役。20年第19代日本放送協会会長(23年まで)。令和6年死去。

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