【取材手記】志あるところ、必ず道あり——丁稚の身から、町工場初の株式上場〈エーワン精密創業者・梅原勝彦〉

町工場として初の株式上場を果たしたエーワン精密。創業者である梅原勝彦さんは12歳から丁稚として金属加工に携わり、技術力を武器に起業しました。経営のいろはを知らぬながら、お客様、社員第一の経営を続けた結果、製造業で利益率35%超という経営体質が築かれたといいます。その偉業達成の裏にあった想像を絶する過去からの奮起、梅原さんのお人柄について担当編集者が綴ります。

平均経常利益率35%超 驚異の利益率を出し続ける町工場創業者の素顔

東京・府中駅から西に歩くこと5分。エーワン精密創業者・梅原勝彦さんの事務所はあります。

第一線を退いたとはいえ、町工場初の株式上場。平均経常利益率が35%超という未曽有の記録を打ち立ててきた経営者です。

一抹の緊張を宿しながら事務所への歩みを進め、事務所脇の小さな商店に差し掛かった時、見覚えのある面影とともに、店の中で楽しそうに歓談する男性たちの姿が目につきました。まさかとは思いつつも事務所の下で開始時間を待つと、間もなく店から出てきたのは案の定、梅原さん。

想像とは裏腹に柔和な雰囲気を漂わせて現れた氏を目にするや、それまでの胸の強張りは一瞬で解けたのでした。

梅原さんは40年来の『致知』の愛読者であり、同時に弊社が刊行した書籍を通じて、特に渡部昇一氏や境野勝悟氏といった先生方の教えを好んで触れてきたといいます。そんなご縁もあり、今回の取材を快く引き受けてくださいました。

一家離散、度重なる転校 12歳から丁稚として働く

冒頭でも紹介した通り、梅原さんには、初対面であっても心の壁を軽々と越えてくる不思議な魅力があります。家庭の事情で12歳から丁稚として働き始めた文字通りの苦労人ですが、そんな苦労を微塵も感じさせない明るいお人柄でいらっしゃいます。

しかし、お話を伺うと、今日に至るまでの道のりには、想像を絶する苦難と悲愁が隠されていたのでした。

元々は家政婦がつくほど裕福な家庭に生まれた梅原さん。しかし、小学2年生の時に父親のギャンブルが原因で家庭は借金を抱え、一家離散。たちまち極貧生活に陥ります。こうして弱冠12歳にして働きに出ることになったのです。梅原さんは当時をこう回想します。

12歳で働きになんか出たくなかったよ、だけど家がものすごく貧乏だった。親父は女・酒・博打が大好きで働かない。商才はあって、僕が小学校2年生までは東京の高級住宅地に住んで、お手伝いさんがつくような裕福な環境だった。それが博打で失敗し、自宅を差し押さえられて一家離散。きょうだい3人がバラバラの親戚の家に預けられ、僕は一応小学校は卒業できたけど、6回も転校した。

さらに、当時の悲しみを物語るエピソードがあります。

小学校を卒業後、周りは当然のように中学校へ進学する中で、梅原さんは家庭の事情で進学を断念せざるを得ませんでした。しかし、現実を受け入れられず、進学できないことがわかっていながら、同級生と共に入学式に参加したといいます。

周りはランドセルも帽子も運動靴もきれいに揃えている。対して梅原さんはゴムでできた草履を履いて参加し、今後通うことのない教室に案内され、一日だけの中学校生活を送りました……。

志あるところ、必ず道あり

そんな悲しみの淵にあった梅原さんは、なぜ経営者という道を選ばれたのでしょうか。その理由が本誌で明かされています。

13、14歳の頃から「将来は社長になるしかない」と考えていた。学校を出てないから普通の会社では絶対に出世しないだろうなと。夜間中学を卒業したら定時制高校に進んだけど、中学校の延長線で授業のペースも遅いし、高校、大学と普通に卒業したら28歳になってしまう。社長になるつもりでいるから28歳まで学校にいたんじゃまずい。それで高校を中退して簿記学校に通い、簿記の資格を取ったんです。

已むに已まれぬ事情で、若くして志を立て、勉学に励んできた梅原さん。

しかし逆境に直面したことで、明確な到達点、進むべき道筋が定まり、地に足をつけて人生を突き進んでいくことができたのもまた事実でしょう。

そのことは、「リーダーの器」に関する氏の実感にも表れています。

器というのは社会の荒波が揉んでくれるから心配ないね。考え方に一本芯が通っていれば仕事が自分を成長させてくれる。僕はトップを狙える、利益が出る、お客様の役に立つという軸があったから、経営で迷うことはなかった。

逆境に遭おうとも、志を立て、その志に向かって一筋に歩んでいくことが人生を好転させる道なのだと、身をもって示してくださっています。

「志あるところ、必ず道あり」、僕はこの言葉が好きだな。やっぱり、夢や目標、志がないとどんなことでもうまくいかないよ。そういうことを、一人でも多くの人にこれからも伝えていきたいと思います。

胸に刻みたい言葉です。

本誌では
・平均経常利益率35%超を実現した具体的取り組み
・仕事や人生に共通する大事
・リーダーとしての器の磨き方

など、梅原さんの歩みを余すところなく紹介しています。
ぜひ本誌をお読みいただき、人生の道しるべとしていただければ幸いです。


◇梅原勝彦(うめはら・かつひこ)

昭和14年東京生まれ。小学校卒業後の12歳から働き始め、夜間中学を卒業。40年に兄と共に起業し、45年に独立してエーワン精密を設立。徹底した数値管理に基づくスピード重視の経営によって、創業以来の売上高経常利益率が平均で30%を超える高収益企業に育ててきた。平成16年にジャスダック上場。19年から令和4年まで相談役を務めた。著書に『「速さ」で稼ぐリーダー47のコツ』(日経BP)など。

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