【取材手記】日本には人間がいない──インド仏教最高指導者・佐々井秀嶺上人が語る日本へのメッセージ

ヒンドゥー教のカースト制度によって数千年にわたり差別され続けてきた不可触民を、万民平等を説く仏教に改宗させ、貧困と苦しみから救済し続けてきたインド仏教最高指導者・佐々井秀嶺上人、88歳。苦悩に満ちた壮絶な半生と命を懸けて取り組んできたインド仏教復興運動の歩みには、幸福な人生、社会を実現していく要諦が詰まっています。今回はその取材秘話を担当編集者が綴ります。

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日本には人間がいない

インド仏教最高指導者・佐々井秀嶺師が4年ぶりに来日されます。もしよろしければご紹介させていただきます――。『致知』読者の方からご連絡をいただいたのは、2023年4月のことでした。佐々井上人には約14年前に来日された際、一度弊誌にご登場いただいたことがあったのですが、88歳になるいまもなおヒンドゥー教のカースト制に苦しむインドの貧しい人々のために、万民平等を説く仏教普及に粉骨砕身、闘い続けていることを知って驚き、「この機会を逃すわけにはいかない」と即座に企画をまとめ、取材をセッティングしていただいたのでした。

そして7月2日(日)、取材は東京の築地本願寺にて行われました。何と、インドに帰国する前日に時間を取ってくださったとのことで、拝むような気持で取材に臨みました。

取材前には、気さくな笑顔でご対応いただいていましたが、いざ取材が始まると、とても88歳とは思えない鋭い眼光と迫力ある低い声で、身振り手振りを交えながらいまの日本に対する危機感を滔々と語り始めました。その語り口からは、まるで佐々井上人の精神、魂そのものが語っている、というような印象を受けました。

その佐々井上人から開口一番飛び出したの言葉が「いまの日本には人間がいない」。日本には人間がいない?? どういうことですか?? 私は思わず聞き返しました。

佐々井上人によれば、「人間がいない」というのは、二つの意味があり、一つには日本の人口が急激に減っていること。もう一つには、日本が物質的に豊かになる一方、人々の心から余裕や温かさが失われている、と言うのです。

その証拠に、日本滞在中に人生相談をすると、自殺未遂をした人や自分に自信を持てない若い人がたくさん来て、驚いた。日本では子供の自殺率も高い。いったい日本はどうなってしまったのだ、かつて自分が知っていた日本人らしい日本人はどこにいってしまったのだと。

一方、インドの人々、佐々井上人が仏教普及を行ってきたインド仏教徒は活力に満ち溢れており、子供たちは両親を尊敬して大切にし、具体的な夢や目標を持ち、勉強にものすごく熱心に取り組んでいると言います。

そして佐々井上人は、その理由として、カースト制度の不可触民出身ながら刻苦勉励して海外に留学、インド政府の法相となり、差別を禁止する憲法の起草、インド仏教の再興運動に命を懸けて取り組んだ、アンベードカル博士の3つの教えがあると言います。

1つには、「学問せよ」
アンベードカル博士自身が猛勉強して道を拓いたように、向上心を持って、一所懸命勉強しなさい。

2つには、「団結せよ」
一所懸命勉強して自分だけが偉くなる、生活が豊かになるだけではだめで、世の不正に対して皆で肩を組んで団結していかなくてはいけない。

3つには、「闘争せよ」
学問して、皆で団結したら、よりよい世の中の実現に向けて実際に行動し、闘っていかなければいけない。

その「学問―団結―闘争」へと至る一本のパイプがしっかり通っていることが、インド仏教徒の向上心と活力の源泉である、そう佐々井師は語られました。

学問―団結―闘争。これはまさにいまの日本に必要なものであると、大いに納得させられました。


佐々井上人のトップインタビューでは、アンベードカル博士の教えと共に、

◉ご自身が仏道に入った波瀾万丈の道のり
◉暗殺未遂に屈せずカースト制度と闘い仏教普及に邁進した体験談
◉よりよい日本を実現するために大事なこと

などを語っていただいています。

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◇佐々井秀麗(ささい・しゅうれい)
昭和10年岡山県生まれ。青年期から人生に苦悩し、全国を放浪する。35年高尾山薬王院で得度。40年薬王院留学僧としてタイに渡り、インドの日本妙法寺で修行に励む。以後、現在に至るまでインドのナグプールを活動の中心に、布教活動や仏教遺跡の発掘、ブッダガヤ大菩提寺奪還運動などに取り組む。平成15年インドの仏教徒代表として中央政府少数者委員会に就任(3年間)。18年アンべートカル博士改宗50周年記念式典(黄金祭)の大導師。22年ナグプール郊外に龍樹菩薩大寺を建立。26年その活動を支援する「南天会」が発足。

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