〈齋藤 孝が語る〉国民的詩人・小林一茶の人生を支えた〝技〟

「痩蛙 まけるな一茶 是に有」「春風や 牛に引かれて 善光寺」など、耳馴染みのよい名句で知られる俳人・小林一茶。65年で2万句を産み落としたその生涯は悲愁に始まり、悲愁のうちに終わっています。自らも長く一茶の句を愛誦し、弊社より『心を軽やかにする小林一茶名句百選』を上梓した明治大学文学部教授・齋藤孝教授に、現代を生きる我われが一茶に学ぶべき生き方について語っていただきました。

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精神的な先人を持ち 悲愁を越える技を磨け

〈齋藤〉
「やけ土の ほかりほかりや 蚤のみさはぐ」

一茶は大火事で身を寄せた土蔵が蚤だらけだったという情景すら、こうして楽しげに詠んでいます。なぜ彼は「軽みのある胆力」を身につけ、悲愁に遭って腐ることがなかったのでしょうか。

考えるに、やはりまず俳諧と出逢ったことです。

俳句には五七五の制限があります。いかなる感情、悲しみや愁いが胸の内に渦巻いていても、必然的に、小さな生き物たちをはじめ自分以外の何かに仮託、投影し、五七五に収めないといけない。

その営みの中で現実と心理的な距離が生まれ、適切な言葉が当てられた時、「ああ、この感情はこういうものだったんだ」と心が楽になります。

俳句の制限が一茶の心を強くしたのです。

こう言うと簡単に思えますが、そこにおかしみを加え、休みなく句作を続けるには、悲しい出来事も受け容れ、すべてを昇華する覚悟が要ります。それができる、閉じられていない心が一茶にはあり、さらに日々の句作が感情のデトックス(排出)となって、精神を保つ循環を生んでいたのでしょう。

そして一茶の揺るがぬアイデンティティとなっていたのが俳聖・松尾芭蕉の存在です。

一茶には確かに味方は多くありませんでしたが、芭蕉への敬愛の念が俳諧の腕を磨く原動力になり、句を磨き合う仲間を得ていく源泉になったのではなかろうかと思います。

そんな一茶に学ぶべきことの一つは、自分の感情・エネルギーをぶつけ、昇華させる〝技〟を持つことです。

「心が強い」「心が弱い」といった表現をよく耳にしますが、生まれつき心が強い人、弱い人がいるとは私は思いません。

例えばテニスの経験者なら、エネルギーを費やして身につけた技で、素人には打てない球を打ち、素人には得られない充実感を得ることができます。

つまりエネルギーをかけて身につけた技が精神を助けるのです。心の強い弱いの差は、その技を持っているか否か。たとえ笑われても60の手習い、70の手習いで何かを身につければよい。

心を支えるのは心ではなく、自分で磨き上げた技なのです。

それともう一つ、技を磨いていく上で大切なのが、「精神的な先人を持つ」ことです。

自分が尊敬できる人物ならば誰でも構いません。一茶の場合は、それが芭蕉でした。

いくら時代が隔たっていても、芭蕉を師と仰ぎ、精神文化を受け継ぎ後世に繋ぐという志を持ったことで、自分の時代で様々な悲愁に直面してもなお俳人として生きるという軸がぶれなかったのです。

心軽やかに生きるには、自分の心を分かち合う共感相手を見つけることが肝腎です。

その意味で、自分より先に、これほどの悲愁を越えて生きた一茶という人は、この上ない共感相手ではないでしょうか。彼は遠く100年前の芭蕉の句が自分の時代で親しまれていたことから、自分の句が後世、人口に膾炙することも夢見ていたに違いありません。

その思いを、様々な悲しみと愁いに満ちた現代でこそしっかり受け取りたいものです。


(本記事は月刊『致知』2023年8月号 特集「悲愁を越えて」より一部抜粋・編集したものです)

◉本記事では、「人生に『足止め」を喰らいながら詠む』『愛別離苦を句に込めて』等、稀代の俳人・小林一茶の足跡を紐解いていただきました。一茶の生き方には、悲しみを携えながらも、軽やかに生きるためのヒントが詰まっています。【詳細・購読はこちら】

 

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◇齋藤 孝(さいとう・たかし)
昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て明治大学文学部教授。著書に『国語の力がグングン伸びる1分間速音読ドリル』『齋藤孝の小学国語教科書 全学年・決定版』など多数。最新刊に『心を軽やかにする小林一茶名句百選』(いずれも致知出版社)がある。

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