三度に及ぶ命の危機を越えて……「千日回峰行」精神の極限で見えた世界

命がけの仏教の修行の一つ「千日回峰行」を成就した慈眼寺(宮城県仙台市)住職・塩沼亮潤 大阿闍梨。その修行とは、往復48キロ、高低差1,300メートルの険しい山道を16時間かけて歩く。それを年に120日余り、足掛け9年続けるという、まさに人間の限界に挑み続けるものです。
2018年1月に福岡で行われた月刊『致知』愛読者限定の講演会で、1,200名の聴衆が静かに耳を傾けた講話より、壮絶な行の一部始終をお届けします――。

天に向かって叫ぶ

〈塩沼〉
39度5分以上の熱があったと思いますが、熱を測る時間もありません。すぐに滝で身を清め、階段を上ったところで意識がほとんど飛んでいました。

気がつくと、杖も提灯も持たず、編笠も被らず、両手にたくさんのお水を持って歩いていました。数100メートル行っては倒れ、数10メートル行っては蹲り、ぼろぼろになって山頂を目指しました。

山道に入ると小さな石に躓きました。両手がふさがっていますので、ロケットのように体が飛んでいって顔から地面に叩きつけられました。横たわったまま、永遠に時間が止まってほしいと思いました。もう一人の自分が「ここで行を終えたら、ここが自分の墓場になるんだな」と思っていました。

目をつぶっていると仙台の母と祖母の顔が浮かんできました。一方に母ちゃん、反対側にばあちゃんの手の温もりを感じました。

中学2年の時に両親が離婚しました。そのあと母はいつも言っていました。

「家にお金はないけれど、一所懸命頑張ってる母ちゃんの後ろ姿、これがおまえに残してやる財産だよ」

そんな母の頑張りを知っていたから、どんなに辛いこと苦しいことがあっても、私はエネルギーを得ることができたのです。

行中の写真は塩沼氏より提供

そのうち頭に浮かぶ映像は昭和62年5月6日の朝のシーンになりました。出家する朝、母がおいしい大根の味噌汁を作ってくれました。3人で食べて、いつもならば私が食器を洗うのですけれど、「きょうはいいから」と母が洗ってくれました。

しばらくするとガチャンと音がしました。「何したの、母ちゃん」と聞くと、母は

「食器を全部捨てた。おまえの帰ってくる場所はもうないと思いなさい。砂を噛むような苦しい修行をして頑張ってきなさい」

と言いました。

その時、「砂を噛むような」という言葉が幻聴なのか、闇の中に響いたような気がしました。

「そうか、俺はまだ砂を噛んだ経験がない。死ぬ前に一度砂を噛んでみよう」。

目の前にある砂を自分の舌で舐めて噛んだところ、正気が戻ってきました。

「こんなところで死んでいられない」という思いが溢れるように湧いてきました。

情熱が息を吹き返して、私は猛烈な勢いで山に向かって走っていました。走って、走って、走って……。私は天に向かって叫びました。

「私に苦しみを与えるならば、もっと苦しみを与えてください。けれども私はへこたれません」

片道24キロを走り切り、山頂に到着した時には全身から湯気が出ていました。山小屋のおじさんが「どうしたんや」と聞いてきました。私は笑顔で答えました。

「ちょっときょう遅れたんで、そこそこ走ったからじゃないですか」。

おじさんは全部分かっていて、「そうか、頑張りや」とだけ言ってくれました。


(本記事は月刊『致知』2018年4月号 特集「本気・本腰・本物」に掲載された塩沼亮潤氏の講話「人生生涯、一行者の心で生きる」より抜粋・再編集したものです)

◉なぜ、精神の限界、絶体絶命の窮地に陥る度に、塩沼さんは立ち上がってこられたのか。人間の心が持つ底力の不思議を思わずにはいられません。

『致知』2023年3月号の特集は「一心万変(ばんぺん)に応ず」

自分の心さえ調い定まっていれば、また養っていれば、人生のどのような変化にも処していける――その姿勢を貫いてきた各界の人物に登場いただきました。

◇塩沼亮潤(しおぬま・りょうじゅん)
昭和43年仙台市生まれ。63年吉野山金峯山寺で出家得度。平成3年大峯百日回峰行入行。11年千日回峰行満行。12年四無行満行。18年八千枚大護摩供満行。TED×Tohoku 2104(YouTube)では、仏教の教えである〝慈しみの心〟、日本の〝和の心〟を説く教えが国内のみならず世界中で反響を呼んでいる。現在、仙台市秋保・慈眼寺住職。大峯千日回峰行大行満大阿闍梨。著書に『人生生涯小僧のこころ』『人生の歩き方』『毎日が小さな修行』(いずれも弊社刊)ほか。
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