2023年01月28日
93歳のいまなお現役を貫く有田焼の陶芸家・井上萬二氏。15歳で予科練に入隊し、終戦を迎えた後、17歳より陶芸の修業の道に入り、42歳で独立。66歳の時に人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定された当代きっての職人です。今日に至るまで、いかにして技と心を磨き高めてきたのか。その心懸けと実践の軌跡に迫ります。
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仕事とは死ぬまでが恋
——93歳いまなお現役を貫く人間国宝の陶芸家が有田町(佐賀県)におられると伺い、やってまいりました。
〈井上〉
確かに満93歳ですが、私は「ようやく39歳になりました」と言っているんです(笑)。93歳といっても、ちゃんと朝8時から夕方5時まで、週6日間勤務して作陶に励んでおります。
家内は7年前に亡くなりましたけど、まだ元気だった頃、朝ご飯もそこそこに8時近くなるとサッと仕事に向かう私を見て、「そんなに急いで行かなくても、誰も文句を言いませんよ」といつも言っていました。
確かに私が大将だから文句を言う人はいません。それでも例外をつくらず、ちゃんと時間通りに仕事場へ行くことが習慣になっています。
土曜と日曜は事務所のスタッフが休みですから、家の者が留守番なんです。私も日曜は来客の応対をしたり事務的なことをしたり、あるいは美術館へ展覧会を観に行って構想を練ったり。ですから、休みなく毎日働いていますよ。
——まさしく仕事と一体になっていらっしゃいますね。仕事に打ち込む、それ自体が健康の秘訣なのでしょうか?
〈井上〉
やっぱり仕事をしている時が一番健康的ですよ。93歳になっても若い者に負けないくらい、まだボケもしないし、溌剌としているし、発想も湧いてくる。
展覧会場で「なんでそんなに元気なんですか。秘訣を教えてください」とよく聞かれるので、「恋してますから」って言うんです(笑)。
冗談半分ですけど、仕事とは死ぬまでが恋なんですね。
下積みの6年間で徹底的に技を盗む
——技術を磨くために日々心懸け、実践されていたことは何ですか?
〈井上〉
当時の職人というのは現在の我われと違って、理論的な指導はしないし、そもそも「自分が若い時に一所懸命やって培った技をおまえにタダで教えられるか」という意識があるんです。それに、一つの工房の中には一人ひとり役割とノルマがあって、作業の手を止めて他人の指導をしていたら、自分の給料が下がってしまう。
ということで、教えてくれる人なんていなかったから、どうしたかというと、私は泥棒したんです。
——ああ、それは技を盗むということですね。
〈井上〉
はい。日中、黙って仕事を手伝いながら、「この人はこうやって茶碗をつくっているのか」「この人はこうやって皿をつくっているのか」ということを脳裏に焼きつけて、夕方5時に先輩たちが退社された後に、一人残って徹底的に復習したんです。
そうやって先輩のつくり方を見て、実際に自分でやってみて、何度も何度も失敗を繰り返しながら、苦労してコツを見出していく。
また、始業は朝8時でしたが、その1時間前の7時には必ず仕事場に行っていました。いまのようにスイッチ一つで冷暖房が効く時代じゃないですから、冬は炭を熾こして先輩たちの座席の前に火鉢を一つずつ置き、湯を沸かし、掃除をして、家に帰って朝食を摂り、仕事場に戻る。それを6年間続けました。
——6年間、毎日欠かさず下積みを続けられた。
〈井上〉
誰もそういうことをする人はいなかったし、誰かにやれと言われたわけじゃないけど、親父に「人がやらないことを、人にしてあげろ」と。
つまり、奉仕の心を持たないとダメだと教えられていましたので、率先して先輩が仕事をしやすい環境を整え、あらゆる雑務を手伝い、その中から観察して技を盗んでいきました。
(本記事は月刊『致知』2022年9月号 特集「実行するは我にあり」より一部を抜粋・編集したものです)
◉本記事には、「運を掴むには人並み以上の努力をせよ」「仕事をすればするほどアイデアは浮かぶ」 など、井上さんが93年の歩みの中から掴んだ人生発展の法則を惜しみなく披露していただいています。本記事の【詳細・購読はこちら】
◇井上萬二(いのうえ・まんじ)
昭和4年佐賀県生まれ。15歳で海軍飛行予科練習生に入隊。復員後、17歳で柿右衛門窯に弟子入りし、初代奥川忠右衛門に師事。県立有田窯業試験場での勤務、米国ペンシルべニア州立大学の焼物の講師を経て、46年に独立し、現在の井上萬二窯を開く。平成7年重要無形文化財指定(人間国宝)に認定される。9年紫綬褒章受章、15年旭日中授章受章。活動は国内だけに留まらず、アメリカ、ドイツ、ハンガリー、モナコ、ポルトガル、ポーランドなど、世界各国で多数の個展を開いている。現在、日本工芸会参与、有田町名誉町民。