京都大学元総長・平澤興が一生で最も力を注いだこと

脳神経解剖学者として世界的な業績を残し、研究の道一筋に生きた京都大学十六代総長・平澤興(こう)氏。その旺盛な知的好奇心は、人間探究の試み、専門の脳神経解剖学に留まらずあらゆる分野に及びました。平澤氏の4男5女の9人きょうだいの中で、4男末子として生まれた裕(ゆたか)さんに、ご尊父との思い出、そして心に残る珠玉の言葉を紹介していただきました。

◎各界一流の方々の珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数NO.1(約11万8000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。

たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら
購読動機は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください

自分との約束を守る

〈平澤〉
私の父・興は明治33(1900)年、新潟県西蒲原郡に平澤家の六男として生まれています。土木技師だった父親は小学校3年生になる興に対して、ここは辺鄙(へんぴ)な無医村だから将来医者になって村のために尽くしなさいと言い、興自身もその時に開業医になる志を立てました。

京都に単身赴任していた父親に呼び寄せられ、11歳で単身京都に向かうと、一層勉学に励みます。京都二中で特待生に選ばれ、金沢の第四高等学校を首席で卒業し、京都大学医学部に進学するんです。

入学に際して、これからは受け身の勉強ではなく、本当の勉強をしようと覚悟し、講義を聴く、先生が推薦する原書の参考書を読む、それらを復習し自分の考えも加えたノートをまとめる、この3つを自らに課すことを決めました。

しかし、実際に大学が始まると、朝8時から夜6時まで授業が入っていることもあり、講義をまとめるだけで精いっぱい。とても原書の参考書を読む時間がありません。自分との約束を果たせず、不眠症になり、1か月ほどでノイローゼに陥ってしまうんです。

大学をやめようか、ついでにこの世にもご免をこうむろうかとまで思い詰めるほど、絶望の淵に立たされ、入学から2か月後の11月、新潟に帰省しました。

雪の降る野道を毎日ふらふらと彷徨っていると、ある時、どこからともなくベートーヴェンの声が聴こえてくるんです、ドイツ語で。

「勇気を出せ。たとえ肉体にいかなる弱点があろうとも、我が魂はこれに打ち勝たねばならぬ。25歳、そうだ、もう25歳になったのだ。今年こそ男一人、本物になる覚悟をせねばならぬ」

難聴に悶え苦しみ、命を断とうとしたベートーヴェンが自らに叫んだこの言葉に奮い立ち、生きる力を取り戻しました。

そして、年が明けて大正10(1921)年の元旦、朝2時に起床して水をかぶり、天地神明を拝して座右の銘を墨書するんです。20歳の時です。

「常に人たることを忘るること勿(なか)れ。他の凡俗(ぼんぞく)に倣(なら)ふの要なし。人格をはなれて人なし。ただ人格のみ永久の生命を有す。
 常に高く、遠き処(ところ)に着目せよ。汝(なんじ)若(も)し常に小なる自己一身の利害目前の小成にのみ心を用ゐなば、必ずや困難失敗にあひて失望することあらん。
 然(しか)れども汝もし常に真によく真理を愛し、学界進歩のため、人類幸福のため、全く小我をすててあくまで奮闘し努力するの勇を有(ゆう)さば、如何(いか)なる困難も、如何なる窮乏も、汝をして失望せしむるが如(ごと)きことなからん。
 真の大事、真に生命ある事業は、ここに至ってはじめて正しき出発点を見出したりといふべし。
 進むべき/道は一筋/世のために/いそぐべからず/誤魔化(ごまか)すべからず」

それからは、講義はどうしても出なければならないものだけ出席し、試験までの半年間、3000ページほどある原書を徹底的に読もうと計画を立て直すんです。

自分の実力だと1時間に何ページ読めるかを計算した上で、なおかつ病気になったり急用が入ったりする場合も考慮し、1か月を25日と見立てて予定を立てる。

その代わり、毎朝2時から夜9~10時までは一心不乱、無我夢中に打ち込む。その日やると決めた分が済むまでは寝ない。こういう自分との約束を守り続け、大学時代の4年間を過ごしました。

人生は必ずなるようになる

〈平澤〉
私が父の言葉で心に残っているものをまず挙げると、『平澤興一日一言』(致知出版社)の5月15日の言葉です。

「私が私の一生で最も力を注いだのは、何としても自分との約束だけは守るということでした。みずからとの約束を守り、己を欺かなければ、人生は必ずなるようになると信じて疑いませぬ」

たとえ自分でこうしようと決めたことを守らなかったとしても、他人には分かりません。咎(とが)められることもなければ、信頼を失うこともありません。しかし、他人が見ていなくても天は見ていますし、何より自分自身がそれを見ている。

自分との約束を破る人は自分に負けている人であって、それでは成長は止まってしまうということでしょうね。ただ、単純なようで、これを徹底して実践するのはなかなか難しいものです。

次に1月31日の言葉。

「人は単に年をとるだけではいけない。どこまでも成長しなければならぬ」

私も75歳になって、気持ちが枯れそうになることもありますけど、年を取っても自分に負けてはいけない。いつまで経っても燃えて生きなければならない。そう喝を入れてもらっているんですよ。

それと、最後は9月24日に載っている次の言葉です。

「自分の力で生きているなどと、おこがましいことを考えません。毎朝、目をさましたとき生きていることの不思議さを感じ、それを喜ぶのです」

私は十数年前、父と同じで大腸がんの手術をしたんですね。そういうこともあり、この年になってつくづく思うのは、当たり前というのは実は大変ありがたいことなんだと。

たくさんの目に見えないものの働きのおかげで命がある。そういう生きる喜びと感謝を深いところで感じ、日々を営んでいくことが大切だと思っています。


(本記事は月刊『致知』2018年6月号 特集「父と子」より鼎談記事の一部を抜粋・再編集したものです)

本記事では、

・真に生きる力となる哲学を提唱し、教育活動に心血を注いだ国民教育の師父・森 信三師

・世界的な脳神経解剖学者として、研究の道一筋に生きた京都大学第16代総長・平澤 興師

・生涯に1万篇以上もの詩を創作し、多くの人の心に光を灯してきた仏教詩人・坂村真民師

「人間学の達人」と呼ぶに相応しい三師を父に持つ森 迪彦氏、平澤 裕氏、西澤真美子さんに、それぞれの父の歩いた道、心に残る父の言葉などを語り合っていただきました。人間学の要諦が詰まった豪華鼎談です。ぜひご覧ください。【「致知電子版」でも全文をお読みいただけます】

◇平澤 裕(ひらさわ・ゆたか)
昭和17年新潟県生まれ。4男5女の9人きょうだいの4男末子。4歳の時、父・平澤興の京都大学赴任に伴い、家族と共に京都へ移住する。40年同志社大学卒業後、東京の会社に勤務。アルパインツアーサービス取締役、京都国際文化専門学校理事を経て、現在に至る。

◎各界一流の方々の珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数NO.1(約11万8000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。

たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら
購読動機は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください

【本記事で紹介】明日を生きるエネルギーが湧きおこる1冊

詳細・ご購入はこちらから

人間力・仕事力を高める記事をメルマガで受け取る

その他のメルマガご案内はこちら

『致知』には毎号、あなたの人間力を高める記事が掲載されています。
まだお読みでない方は、こちらからお申し込みください。

※お気軽に1年購読 10,500円(1冊あたり875円/税・送料込み)
※おトクな3年購読 28,500円(1冊あたり792円/税・送料込み)

人間学の月刊誌 致知とは

閉じる