2022年11月19日
生涯を振り返り、何とも忘れ難い人々との交流、生前の言葉を綴る「忘れ得ぬ人 忘れ得ぬ言葉」を本誌にて連載中の五木寛之先生。コロナ禍が収まらない中、いまなお第一線を走り続けています。作家として、人間の生と死を深く見つめ続けてきた五木先生と『夜と霧』の著者であるフランクルに師事し、その教えを自身の医療活動に生かしてきた永田勝太郎先生の対談から、困難な時代を生き抜くヒントを探ります。
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悲しみを知らなければ本当の喜びは生まれない
〈五木〉
笑いが大切だというのは、この頃ではもう常識になっていますね。
松竹演芸場を出入りする人にいろんな検査をして、笑いの健康効果についてのエビデンスを出した有名な学者もいます。
ただ、僕はその一方で泣くということもとても大事だと思っているんです。
柳田國男という民俗学者は『涕泣史談』という本に、昔の日本人はよく泣く民族であったと書いています。
喜びにつけ、悲しみにつけ、よく泣いた。泣くべき時に泣けないようでは一人前の社会人としては認められなかった。
ところが昨今の日本人は、泣くということがほとんどなくなってきたように感じられる。これはよいことであろうかと。
〈永田〉
それは大事な視点ですね。
〈五木〉
笑うことはとても大事だけれども、同時に泣くということもものすごく大事なことなんだと。
実際、泣くことによって解放されるものがありますよね。幕末の勤王の志士たちは、悲憤慷慨といって、男泣きによく泣いたものですが、日本人が泣かなくなったのは問題だと柳田さんは説いています。
いまのテレビを見ていると、お笑いの番組がとても多くて、ちょっと偏り過ぎているんじゃないかと思うくらいです。しかも無理して笑わせようとして、あまりおかしくもない。だから、柳田さんの指摘っていうのは、いまの時代にも重要なんじゃないかという気がするんです。
〈永田〉
私は若い頃、小倉の市立病院で修業していたんですが、その頃は患者さんが病気で亡くなると、泣き屋っていう人が来ていました。
〈五木〉
そういう風習がありましたね。これは中国、韓国から伝わってきたもので、日本では『万葉集』の頃から職業的な泣き女の人たちがいました。江戸時代には一升泣き、二升泣きといって、お米を一升あげると一升分、二升あげると二升分泣いてくれるということもあったんです。
『万葉集』には挽歌っていうのがありますね。
天皇が崩御した時など桂冠人みたいな人が、天も落ち、地も裂けよと言わんばかりに泣きながら歌を詠み、人々はそれを聞いて共に涙する。
そういう歌を集めて『万葉集』はできたわけです。だから笑うことばかりでなく、泣くこともとても大事なことだということを、僕はいろんなところでお話ししてきました。
世間では、笑うことが善で、泣くことが悪であるというようにとられがちです。
けれども、笑うことと泣くことは背中合わせの一体の行為で、泣くことを知っている人だけが本当に笑う。
悲しみというものを知っていなければ、本当の喜びというものは生まれないのではないかと思うんです。
(本記事は月刊『致知』2021年10月号 特集「天に星 地に花 人に愛」から一部抜粋・編集したものです)
◉『致知』2022年12月号 特集「追悼 稲盛和夫」では五木先生に寄稿いただきました◉
「私はね、やっぱり利他だと思うんですよ」
と、少年のように目を輝かせて語った稲盛さんの表情を今も忘れることができない。
弊誌2004年8月号「何の為に生きるのか」で稲盛和夫さんとご対談いただき、対談本も上梓された五木先生。エッセイ「我が心の稲盛和夫」に寄稿いただき、対談当時の想いやいま蘇る感慨を綴っていただきました。ぜひご覧ください。【「致知電子版」でも全文をお読みいただけます】
◇五木寛之(いつき・ひろゆき)
昭和7年福岡県生まれ。生後まもなく朝鮮に渡り、22年に引き揚げる。27年早稲田大学露文科入学。32年中退後、PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、41年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、42年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、51年『青春の門・筑豊篇』他で吉川英治文学賞を受賞。また英文版『TARIKI』は平成13年度『BOOK OF THE YEAR』(スピリチュアル部門)に選ばれた。14年菊池寛賞を受賞。22年に刊行された『親鸞』で毎日出版文化賞を受賞。
◇永田勝太郎(ながた・かつたろう)
昭和23年千葉県生まれ。慶應義塾大学経済学部中退後、福島県立医科大学卒業。千葉大学、北九州市立小倉病院、東邦大学、浜松医科大学医学部附属病院心療内科科長、日本薬科大学統合医療教育センター所長を歴任。平成18年ヴィクトール・フランクル大賞受賞。著書に『人生はあなたに絶望していない』(致知出版社)など。
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