「無血手術」を誰にでも可能に。〝神の手〟を持つ脳神経外科医・佐野公俊の仕事論

くも膜下出血の原因となる脳動脈瘤手術でギネス記録を保持する佐野公俊医師(総合新川橋病院副院長)。定年を過ぎてなお、その腕を頼って多くの患者に生きる希望を与えてきた氏の原点、類まれな技術を培った「考え方」に迫ったインタビューをお届けします。

普遍性がなければ価値がない

――医師になろうと思われたのは。

〈佐野〉
母方の祖父と叔父が、内科の開業医だったことがきっかけで医学に憧れを持ちました。子供の頃から手先が器用でしたから、外科医を目指して大学に入ったのですが、神経系の分野が一番理論的でおもしろいと感じて、脳神経外科を選択したんです。

ただ当時の脳外科といえば、手術をやると障害を残したり、患者さんを死なせてしまったりといったケースがほとんどでしたから、叔父たちはなぜ物好きにそんな所へ行くんだと訝しがっていました。

その頃の手術は皆肉眼でやっていたんですが、動脈瘤のような繊細なものをやると大変なことになりましてね。当時うまいと言われていた先生でもいま見てみると脳内が血だらけになっているんです。

――肉眼では、やはり限界があるのでしょうね。

〈佐野〉
それで6年生になって、病院実習をした時に、耳鼻科が鼓室形成の手術で顕微鏡を使い始めたんですね。それを見て、あっ、これを脳外科の手術にも使えるんじゃないか、と思いついたんです。

脳外科への入局時に何をやりたいかと聞かれた私は「顕微鏡手術をやってみたい」と答えました。すると「欧米ではもう始まっているらしいよ」と言われたので、よし、じゃあ自分が日本のマイクロサージェリー(顕微鏡手術)の開拓者になってやる、と思ったんです。昭和44年の時でした。

――自分が第一人者になろう、と。

〈佐野〉
ちょうどその4年後に、菊池晴彦先生が、マイクロサージェリーの手技を日本に持ち帰られて、そこから顕微鏡手術の実質的な幕開けとなりました。

ただ私はその少し前に、自費で携帯用の顕微鏡を買って、毎日30分から1時間、顕微鏡下で手を動かす練習をしたり、左手で食事をするなどの訓練をしていました。

まもなく勤務先の病院にも顕微鏡が導入されて、他の先生方もやろうとされるんですが、顕微鏡下では、思うように手が動かせない。一方、私は前もってトレーニングをしていたから、非常に正確にやれるわけです。皆も「うまいもんだな」ということで、脳外科に入って3年目ぐらいから、顕微鏡手術に関するほとんどを私がやらせてもらえるようになったんです。

――その後、どのように技術を磨いていかれたのですか?

〈佐野〉
まず術前には、解剖学教室でもらってきたホルマリン固定した脳の標本を必ず見て実際のイメージを描いてから、手術室に入るようにしました。また、当時は手術用のビデオカメラもなかったんですが、一般のカメラを持ち込んで、その記録をまとめたり、うまいと言われる先生方の手術を見に行って研究に励みました。

そうやっていろんな先生方のやり方や自ら気づいたことを組み合わせながら、自分の脳神経外科体系のようなものをつくり上げていったんですね。それがいま「佐野式」と呼ばれる形になっているんですが、私の場合はある程度の訓練をしたら、誰もができる手術でなくてはいけないと考えています。

――普遍性がなければいけないと。

〈佐野〉
私も最初の頃は自分の手の器用さに頼ってやっていたんです。ところが50代の終わりの頃、手術をやり過ぎたせいで腱鞘炎になり、缶ジュースのタブさえ開けられなくなった時期がありました。

これで外科医人生も終わりかと思いましたが、手術室に入るとアドレナリンがうわっと出て、その時だけは普通に動くんです。でも終わって30分もすると、まったく動かなくなる。

その時に、そうか、器用さだけに頼る手術では、次の世代の人たちに教えられない。脳外科手術を自分なりに会得したならば、今度は誰にでもできるような手法を確立せよ、と神様に言われているような気がしましてね。

その後、私は170種に及ぶ手術用クリップを独自に開発し、出血の全くない「無血手術」が誰にでもできるやり方を考え出しました。定年後のいまは、そのやり方を全国に広めることが、自分の天命ではないかと感じています。


(本記事は月刊『致知』2010年6月号 特集「知識・見識・胆識」より抜粋・再編集したものです)

◉本誌2022年11月号 特集「運 鈍 根(うん どん こん)」の表紙に、佐野さんがご登場。本インタビューから12年を経て、より深みを増した医師としての技量、覚悟、後世への思いを、同じく「神の手」を持つといわれる上山博康医師と共に語り合っていただきました。

◇佐野公俊(さの・ひろとし)
昭和20年東京都生まれ。45年慶應義塾大学医学部卒業。46年慶應義塾大学医学部脳神経外科入局。51年藤田保健衛生大学赴任。同救命救急センター長、藤田保健衛生大学医学部脳神経外科主任教授などを歴任し、22年より現職。藤田保健衛生大学医学部名誉教授、日本脳神経外科学会監事、世界脳神経外科連盟脳血管障害部門委員長など要職多数。

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