紙の本か、電子書籍か——言語脳科学が明らかにする「紙の本」が脳に与える影響(酒井邦嘉)

紙の本が持つ豊富な情報

インターネット、スマートフォンやタブレット端末の急速な普及によって、日本人の読書離れ・活字離れが進んでいます。また、そのあおりを受けて、街角からは地域に根差した書店がどんどん姿を消しています。

このまま紙の本を読まなくなっていく、あるいは、読むにしても電子書籍が中心になっていくことに問題はないのか――紙の本が脳に与える影響について、言語脳科学の分野から様々な研究・提言を続けてきたのが東京大学大学院総合文化研究科教授の酒井邦嘉さんです。

酒井さんは、紙の本を読むことと、電子書籍を読むことでは、脳に与える影響に明確に違いがあると言います。

酒井さんによれば、紙の本を読む時、私たちの脳は本の手触りや厚み、装丁、書体、レイアウトなど、五感に訴えてくる様々な情報を同時に処理しているそうです。記憶を頼りにして、どこにどんなエピソードがあり、どんな登場人物が出ててきたか、何となく見当をつけて必要なページに辿り着けるのは、その情報の手掛かりのためなのです。

一方、電子書籍では、そうした五感に訴える情報を得ることができません。また、電子書籍の場合、ある人物がどこに登場したかを探すには、スクロール・バーの位置やページ数の表示が唯一の手掛かりとなります。それではページを捲っていくだけでもかなりの時間が必要になるでしょう。便利なキーワード検索があるではないかと言われるかもしれませんが、そもそも探したい人物の名前や語句を忘れてしまった場合には活用できません。

言語脳科学から見て、紙の本は電子書籍よりも遥かに多くの情報を脳に刻み、刺激してくれるというわけです。

安易な検索では脳は鍛えられない

また、酒井さんは、インターネットで検索して得られた情報と、紙媒体の辞書や資料を自分で調べて導き出した知識とは、質的に異なったものであると、インターネットで安易に答えを得ようとする風潮に警鐘を鳴らします。

「何事もインターネットで検索し、素早く答えを得ようとする風潮にも問題があります。検索して得られた情報は、様々な書物や資料を調べ、自分自身の頭で考えて導き出した知識とは、質的に異なります。

また、後日その同じ情報を確かめようと思っても、検索の条件が違えばなかなか辿り着けないでしょう。

インターネットの検索順位は広告や閲覧数などにも影響を受けるため、上位に現れる情報が役立つとは限らないわけです。それに、少し検索しただけで内容を鵜呑みにするのは危険です。

その点を用心してインターネットを活用したとしても、だんだん自分の頭で物事を考えなくなっていくことでしょう。そうした便利さと引き換えに、脳は確実に退化していきます」

実際、大学でも、筆記用具やノートを持ってこない、メモを取ろうとしない学生が増えているそうです。さらに、学力低下も深刻であり、自分のレポートの文章を推敲できない学生が散見されると言います。つまり、紙の本を読む、辞書や資料を自分で調べ考える、あるいは手書きでノートに文字を書くという習慣がなくなっていることで、自分の考えを的確にまとめ、相手に伝えるという能力が衰えているのです。これは日本の未来にとって非常に由々しき状況です。

「学習は、見聞きしたことについて考え、そして書き留めるというマルチタスクによって成り立っています。便利さや効率のために、それを安易に手放してしまうことは、極めて危険な賭けでしょう」

インターネットや電子書籍の便利なところはうまく活用しつつも、やはり紙の本、教科書を何度も読み返す、要点をノートに手書きでまとめるといった地道な学習こそが、脳を鍛え、創っていく――。酒井さんのお話から、改めて先人たちが営々と築き上げてきた読書文化、出版文化を守り、後世に伝えていくことの大切さを教えられます。

◉酒井邦嘉さんにご登場いただいた『致知』2022年8月号 連載「意見・判断」では、

・「便利さと引き換えに退化していく脳」

・「言語脳科学から見る読書と会話の意義」

・「紙の手帳の効用」

・「自分の頭で考え、創造する力を取り戻すには」

など、紙の本を読む意義、そして自ら考え、新しいことを創造してく脳をつくる方法について、最新の科学的知見を交え、語っていただいています。ぜひご覧ください。あなたの教養と見識を高める月刊『致知』、酒井氏の記事詳細はこちら

◇酒井邦嘉(さかい・くによし)

昭和39年東京都生まれ。東京大学理学部、同大大学院理学系研究科博士課程修了後、同大学医学部第一生理学教室助手、ハーバード大学医学部リサーチフェロー、マサチューセッツ工科大学客員研究員を経て、平成9年東京大学大学院総合文化研究科助教授。24年より同教授。著書に『言語の脳科学』(中公新書)『脳を創る読書』(実業之日本社)『チョムスキーと言語脳科学』(インターナショナル新書)、編著に『脳とAI-言語と思考へのアプローチ』(中公選書)などがある。

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