私の体験的教育論——「文武両道」教育が徳のある子供を育てる【瀬戸謙介×中村正和】

写真左が瀬戸氏、右が中村氏

44年前に東京の目黒で空手道場・瀬戸塾を立ち上げ、空手の指導と共に、武士道や『論語』など生き方教育にも注力してきた瀬戸謙介さん。高校教師として様々な問題を抱える子供たちに向き合い、現在は有志と立ち上げた「もののふの会」を通じて、戦後教育の立て直しに情熱を傾けている中村正和さん。

教育への滾るような熱い思いを共有するお二人に、それぞれの実践を交え、求められる教育者のあり方、徳のある子供を育てる要諦を縦横に語り合っていただきました。

文武両道が大切な理由

〈瀬戸〉 

日本の教育を立て直していくには、やはり「文武両道」の教育が必要だと私は考えています。空手だけが強くても意味がありません。やはり人格的に優れた人物を育成することが大切です。

空手が強いだけで頭が空っぽの人間がうろうろ歩いていたら世の中物騒でしょうがありません。それを抑制するには「文」、心の教育が外せないと思います。

『論語』に「子曰わく、質、文に勝てば則ち野。文、質に勝てば則ち史。文質彬彬(ぶんしつひんぴん)として、然るのち君子なり」と言った言葉があります。これは「体だけを鍛えたのでは粗野な人間になる。勉強ばかりしていたのでは口達者でいい訳がましく嫌みのあるずる賢い人間になる。体を鍛え、一生懸命勉強して初めて調和の取れた素晴らしい人物となる」といった意味です。これが文武両道の基本的な考えです。

「武」とは人間誰しもが持っている闘争心です。その闘争心を押さえることなく自由に発散させると手のつけられない権力者が生まれます。その闘争心を制御するのが「文」です。自分の内なる心を磨くものでなければ「文」とはいえません。文武両道の「文」とは、算数や理科、英語と言った実生活にすぐに役に立つ実学ではなく、人間形成の学問、君子を目指す学問のことをいいます。

文武両道を説く武士道とは、いかに美しく、気高く、誇りを持ち、そして国を守るためには命を投げ出してでも守る。こういった覚悟を持った人間となり、人々の手本となるような人生を歩むことを目的としたのです。学問をするためには武術で鍛えられた体力や精神力が必要であり、正しい武術を身につけるには学問により培われた知性、理性、見識が必要なのです。そして武術と学問とを身につけ、初めて徳のある人間となるのです。

〈中村〉 

おっしゃる通りですね。

〈瀬戸〉 

武士道の徳目には勇気、気概、誠実、礼儀、勤勉、慈愛、廉恥心、名を惜しむ、忍耐、寡黙、卑怯を憎む等が挙げられます。これらの内容はすべて内なる自分を磨くものであり、他人にどうこうしろと指図するのではありません。こういった徳目を目指して努力することにより、人間としての質を高め正しい「武」の行使ができるようになるのです。

内なる自分を磨き、自分の心を律し、徳を積む。そうすることによって自分が立派な人間になり、世の中のために尽くそう、そういった考えの基にあるのが武士道です。

人間と動物の違いは、動物は五感で感じたことそのまま本能で行動しますが、人間はそこに理性を働かせて行動します。「自分らしく自然のまま素直に生きていけばいいんだよ」と言う人がいますが、それは「本能のまま行動すればよいのだよ」と言っているのと同じです。理性で感情をコントロールし自分を律する。ここに人間としての価値があることを武士道は教えています。

そして、武士道は知識を知っているだけでは何の価値もない、「知行合一(ちこうごういつ)」で行動し、実践することで初めてその知識は本物となることを説いています。

〈中村〉 

武士たちは人として生きる上での徳目を日々研鑽し、実践し、道を深めてきた。その文武両道こそ我が国の道であり、心なんです。

もっと言えば、2000年有余の歴史を持つ皇室を敬い、克己によって自らを高め、和の精神で共に学び合い、支え合い、覇権主義ではなく〝徳の力〟で国を治めていこうというのが我が国の道なのです。さらに日本の歴史を紐解いていくと、武士の道は、天孫降臨の際に瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を武人が守護したという神話にまで遡さかのぼります。

しかしその我が国の道、武士の道を戦後教育では全まったく教えなくなってしまった。だから、「もののふの会」では、日本人の道を学ぶ道徳教材、偉人伝の作成も大きな使命にしているんです。


(本記事は月刊『致知』2022年7月号 特集「これでいいのか」より記事の一部を抜粋・編集したものです)

本対談では、

  • 「戦後の教育現場に蔓延る反日教育」
  • 「教育の原点は信じてあげること」
  • 「教師もまた子供と一緒に学び成長していくもの」
  • 「志が立てば逞しく生きていける」

など、よりよい教育を実現し、逞しい徳のある子供たちをいかに育てるか、体験談に基づいた珠玉の教えが満載です。ぜひご覧ください。

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◇瀬戸謙介(せと・けんすけ)

昭和21年父親の赴任先である旧満州生まれ。獨協大学卒業。14歳で空手を始める。現在、社団法人日本空手協会八段、日本空手協会東京都本部会長。瀬戸塾を主宰し、空手指導と武士道や『論語』の講義を通じた人間教育に尽力する。著書に『子供が喜ぶ論語』『子供が育つ論語』(共に致知出版社)。

◇中村正和(なかむら・まさかず)

昭和30年北海道生まれ。法政大学大学院修士課程修了。神奈川県下で高等学校教諭を歴任。退職後、執筆と筆禅道に専念。筆禅会幹事。獅士の会共催。令和4年、同志たちと日本の道・武士道を伝える「もののふの会」を設立。著書に『天皇の祈りと道』(展転社)がある。

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