津波で蔵と街を失ったヤマニ醤油(岩手県)前例のない復活劇【前編】

明治元年創業。岩手県の沿岸・陸前高田で先祖代々続いてきたヤマニ醤油の四代目として、社業に邁進する新沼茂幸さん。お得意様のもとを一軒一軒訪ねて会話を重ね、注文や商品への意見を受ける〝御用聞き〟の文化を愚直に貫いてこられました。
しかしそんな新沼さんは東日本大震災で大切な醤油蔵はおろか、津波で街を押し流されてしまいます。他にはない味と伝統をいかに守り、そこから守り通してきたのか。その前例のない復活劇に迫ります。
〈写真は瓦礫の前に立つ新沼さん〉

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間一髪で津波を逃れて

〈新沼〉
11年前の3月11日。岩手県陸前高田の地で先祖代々続くヤマニ醤油に四代目として入社し、ちょうど31年目を迎える頃でした。

体験したことのない強い揺れに危険を感じた私は直ちに会社に戻り、社内点検を終えた社員に避難を指示。私は介助が必要な母親を連れ、妻と姉の4人で家を後にしました。

間一髪、津波から逃れたものの、振り返ると見慣れた町の姿はもうなく、頑強と思っていた醤油蔵が呆気なく押し流されていくのが見えました。

廃業してもおかしくない状況でしたが、ご先祖様に想いを馳せれば易々(やすやす)と事業を諦めるわけにもいきません。

2日目の夜が明ける頃、私は妻だけに行き先を告げ、意を決して避難場所から事務所があった方角へ歩き始めました。危険を顧みず独り会社跡に向かったのは、醤油屋を続ける気があるのか、己の本心を問うためです。

ブロックで建てた事務所が辛うじて形を留めており、余震が続く中、慎重に室内に入り込みました。無残な光景でしたが、ケースで保管していた先祖伝来の醤油レシピが、濡れずに残っていたのです。ああ、よかった……! 自分の魂の声が聴こえた瞬間でした。

〝御用聞き〟に徹してきた歴史

明治元年創業の当社に入社したのは大学を卒業した23歳の時。当時社長であった二代目の祖父が高齢であり、三代目の父も病に伏したため、四代目の私への実質的な事業承継として迎えられたのです。

創業以来、ヤマニ醤油は商品を問屋などには一切卸さず、「御用聞き」を貫いていました。

漁師さんから注文が入れば港の仕事場まで届けに行き、農家のおばあちゃんを訪ねて家が留守なら畑まで探しに行く。そうして味の評判を聞きながら、利害関係を超えた親和関係を繋いでいたのです。

ところが1980年の入社当時は年商6千万円に対して赤字が1千万円と倒産寸前、コンサルタントから「御用聞きはやめましょう」と進言されるありさまでした。女性の社会進出などが要因で家庭の醤油の需要は落ち、また社長不在の間にお金や勤怠の管理も甘くなっていました。

私自身、経営や醸造の知識もなく、醤油屋が務まるかと揶揄されたこともあります。そんな折、いとこから借りた詩人・相田みつをさんのカセットテープを聴き、一つの言葉が、深く心に響いてきたのです。

〝一寸千貫(いっすんせんがん)〟――。

一寸角(約3センチ)の細い柱でも、真っすぐならば千貫(約4トン)の重みにも耐えられる。もともとは大工さんの言葉で、つまり生きる姿勢が真っ直ぐならば、どんな重みにも耐えられると。

思えば、家業を継ごうと決めた理由は自分を育ててくれた家族と地域の味を守りたいという使命感でした。だから何があっても実直にこの初心を貫こう。そう決めたのです。

確かに御用聞きは、ビジネスの常識で言えば合理性はありません。

ただ卸販売と違い、お得意様とお話しするからこそ本音という声を直にいただいて味に反映できる。共に創り上げた家庭の味を幼い頃から親しむことで記憶に刻まれ、生涯お求めくださるのです。これこそヤマニの味の源泉であり、御用聞きでないと成立しない「企業文化」でした。

私は25歳から社内改革を開始。売上を2倍に社員を半分にと大きく目標を定め、新たなブランド、次世代に向けた「ヤマニほんつゆ」を発売。また醤油屋に直接関係ない本も読み漁って日々視点を増やし、社員8名、年商1億2千万円の目標とした会社にすることができました。


(本記事は月刊『致知』2022年3月号 連載「致知随想」より一部を抜粋・編集したものです)

◉先祖代々続く醤油蔵に、若き日から新風を吹き込んできた新沼さん。しかし長年をかけて目標を達成したのも束の間、東日本大震災が襲います。
 蔵も街もすべて押し流された四代目社長は、そこでなぜ事業への熱意を失わなかったのか? 後編では前例のない試みに挑まれた軌跡を辿ります。

後編はこちら

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