2024年07月11日
日本資本主義の父と称される渋沢栄一の名著『論語と算盤』。その名著を座右の書として、選手指導に生かしてきたのが昨年侍ジャパントップチーム監督として日本を世界一に導いた栗山英樹さんです。栗山監督は『論語と算盤』を実際にどう指導に生かしてきたのか、斎藤佑樹選手の引退会見秘話を交えて語っていただきました。
※お相手は、公益財団法人郷学研修所・安岡正篤記念館理事長の安岡定子さんです
「成敗は身に残る糟粕」
〈安岡〉
栗山監督のそういう人間教育が着実に実ってきていると私が感じたのが、昨年10月の斎藤佑樹選手の引退会見でした。挨拶では、プロ入り後、怪我に苦しみファンの期待に応えることができなかったことを謝りながらも、彼はこう言っていました。
「諦めて辞めるのは簡単。どんなに苦しくてもがむしゃらに泥だらけになって最後までやり切る。栗山監督に言われ続けた言葉です。この言葉通り、どんなに格好悪くても前だけを見てきたつもりです。ほとんど思い通りにはいきませんでしたが、やり続けてきたことに後悔はありません」
また、「栗山監督にはたくさん迷惑をかけたし、たくさん面倒をみてもらいました。プロ野球生活の中でたくさんのことを教えていただいて、感謝してもしきれない」ともおっしゃっていましたね。
〈栗山〉
彼はいつ引退すべきか本当に苦しんでいました。そういう彼に僕は「世の中には苦しんでいる人たちが大勢いる。そういう人たちに頑張っている姿を見せる責任がおまえにはあるんだ」とずっと言い続けてきたんです。
彼は文句一つ言わずに最後まで頑張り抜いてくれましたが、引退会見の表情を見ていると「こいつ本当に頑張ったな、格好よかったな」と僕も胸がいっぱいになりました。これから次のステップに力強く進んでいけると思っています。
〈安岡〉
それはきっと栗山さんにしか伝えることができなかったメッセージでしょうし、私も斎藤選手のこれからに大いに期待したいと思っています。
〈栗山〉
僕自身、29歳の時、病気によりプロ野球選手を引退し、惨めで暗澹たる思いを抱いていた時期があるんです。
だからこそ、監督になってからは、これからの時間のすべてはチームと選手のために使い尽くすと決めていました。振り返ると、監督としての10年間、「厳しい時に自分を助けていただいた人たちに報いたい」「誰かのために野球をやりたい」という思いだけで歩んできた気がします。
僕は『論語と算盤』の「成敗は身に残る糟粕」の項がとても好きなんです。渋沢さんは「成功や失敗のごときは、ただ丹精した人の身に残る糟粕のようなものである」と述べ、人間は人としての務めを全うすることを心掛けなくてはならないと言っています。
〈安岡〉
成功や失敗はどこまでも粕のようなものだと。
〈栗山〉
僕はどうしたら選手のモチベーションを高め、強い組織ができるだろうかと考えた時に、それは格好よさだと思ったんです。人間はどう生きるべきかという話をしても、彼らはなかなか聞いてくれません。だけど、夜飲みに行って騒いでいる姿と、5万人の観衆を自分のバット1本で沸かせる姿のどちらが格好いいかと聞けば、すぐに反応してくれますね。
その上で「格好よく生きるためには人間としての丹精、努力が欠かせないし、皆に尽くさなくては運も生まれてこない」「自分のことばかり考えている人が駅に集まったら改札が混雑して通れなくなる。チームワークがないってそういうことだよね」というような話をするんです。「成敗は身に残る糟粕」という言葉の意味をどこまで伝えられたかは分かりませんが、これは僕が『論語と算盤』の中で好きな言葉の一つですね。
(本記事は月刊『致知』2022年3月号 特集「渋沢栄一に学ぶ人間学」より一部を抜粋・編集したものです)
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◇栗山英樹(くりやま・ひでき)
昭和36年東京都生まれ。59年東京学芸大学卒業後、ヤクルトスワローズに入団。平成元年ゴールデン・クラブ賞受賞。翌年現役を引退し野球解説者として活動。16年白?大学助教授に就任。24年から北海道日本ハムファイターズ監督を務め、24年チームをリーグ優勝に導き、28年には日本一に導く。同年正力松太郎賞などを受賞。令和3年退任し、侍ジャパントップチーム監督に就任。著書に『栗山魂』(河出文庫)『育てる力』(宝島社)など。
◇安岡定子(やすおか・さだこ)
昭和35年東京都生まれ。二松學舍大学文学部中国文学科卒業。安岡正篤師の令孫。「こども論語塾」の講師として、全国各地で定例講座を開催。『論語』ブームの火付け役といわれる。現在は大人向け講座や企業向けのセミナー、講演などでも幅広く活躍。令和2年より公益財団法人郷学研修所・安岡正篤記念館理事長。著書に『楽しい論語塾』『0歳からの論語』(共に致知出版社)など。