2022年02月15日
広島県教育委員会教育長の平川理恵さんは、東洋思想家・田口佳史さんのもとで長年、古典を学んできた塾生の一人です。トップ営業社員、起業家、民間人校長などの経歴を経て、現在、広島県にて様々な教育改革に取り組んでいる平川さんに、その活動の原点となるエピソードをお話しいただきました。
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「ハイリターンを狙います」
〈田口〉
起業家だった平川さんが、どういうきっかけで教育に関心を持たれたのか。きょうは改めてそのことについてもお聞かせいただきたいと思っています。
〈平川〉
私は大学を出るとリクルートに勤めまして、在職中にアメリカの大学に留学させていただき、MBAを取得したのです。そのバリューを日本で発揮したいと考え、帰国後に退職して31歳で留学支援の会社を立ち上げました。
そこで掲げたミッションが「日本に勇気と元気と活力を」。13歳から15歳の子供たちと毎日接しながら、そのミッションを自分なりに追求したいと思って頑張っていましたね。
先ほど言ったように経営は順調でした。しかし、次第に若い人が留学しなくなり、ミッションを十分に追求していけなくなった。このまま続けることもできたと思いますが、自分の心に嘘はつけず、10年で会社経営に区切りをつけ、1年ほどは静かに自分を見つめてみたいと思いました。
横浜市で民間人校長の募集があったのはそういう時でした。私、教員免許は持っていないんです。でも、海外の学校を500校くらい見てきた経験が教育に生かせるのではと思って応募しました。
面接では、一人の保護者として学校がいかに世の中の変化についていけないでいるか、知識注入ではなく子供の興味・関心を引く体験型の授業の導入が必要なことなど、私の感じたことを率直にお伝えして、100人の応募者の中から採用していただきました。民間人校長としては女性初でしたね。
〈田口〉
その思いを教育現場で形にしていかれた。
〈平川〉
ええ。まずはどんどん授業を見にいきました。生徒に交じって50分間の授業を受けて先生に感想を伝えたり、頑張っている先生たちの姿を撮影してホームページや毎月の「学校便り」で発信したりしました。
先生というのは一所懸命に頑張っていても人に褒められることが少ないのです。そういう先生方に光を当てることで現場の意識は変わっていきました。
開かれた学校づくりの一環として校長ポストも設置しました。生徒ばかりでなく、保護者や地域の方々から年間200通ほどのお手紙が寄せられ、中にはいじめに対する悩み相談もありましたが、名前が記されたメッセージには必ず返事をすることで、信頼関係を築いていったのです。
〈田口〉
そういう取り組みや実績が広島県知事の湯﨑英彦さんの目に留まったのですね。
〈平川〉
2017年でしたが、ある方を通して食事に招待され、その場で「県の教育長になってほしい」と打診されました。行政のことは何も知りませんし、「何で私なのでしょうか。ハイリスクですよ」と言ったら「分かっています。ハイリターンを狙います」と(笑)。
私はいろいろ考えるよりもまず現地に行くことを信条としていますので、レンタカーを借りて一人で広島県内を回り、いろいろな人に話を聞いた上で判断することにしました。そこで分かってきたのが、県の教育界は少し前まで文部科学省から是正指導を受けるほど混乱していたことです。
校長の権限が確立されていないために、何人かの校長先生が周囲の圧力に耐えられずに自ら命を絶つという悲劇まで起きていました。
湯﨑知事は私に「言いたいことがはっきりと言える教育現場と教育委員会にしてほしい。組織風土を変えてほしい」とおっしゃっていましたが、そのことの意味がようやく分かりました。
娘は当時、横浜の公立中学校の2年生でしたが、突然「マレーシアに留学したい」と言い出しましてね。それが実現するタイミングで教育長をお引き受けしたんです。2018年、私がちょうど50歳の時です。
(本記事は月刊『致知』2022年2月号特集「百万の典経 日下の燈」より一部を抜粋・編集したものです)
◉『致知』2022年2月号では、田口氏と平川氏に中国古典『大学』をテーマに語り合っていただいています。古典からいま何を学ぶか、そしてそれを糧にお二人はいかに人生を切り開いてこられたのか。ヒント満載の対談です。ぜひご覧ください。
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◇田口佳史(たぐち・よしふみ)
昭和17年東京生まれ。日本大学芸術学部卒業後、日本映画社入社。47年イメージプランを創業。著書に『佐久間象山に学ぶ 大転換期の生き方』をはじめ『ビジネスリーダーのための老子「道徳経」講義』『人生に迷ったら「老子」』『横井小楠の人と思想』『東洋思想に学ぶ人生の要点』『「書経」講義録』など。最新刊に『「大学」に学ぶ人間学』(いずれも致知出版社)。
◇平川理恵(ひらかわ・りえ)
昭和43年京都府生まれ。平成3年同志社大学文学部卒業。リクルート入社。情報誌の営業を担当しトップセールスとなる。9年南カリフォルニア大学にMBA留学。11年退職。留学支援会社設立。21年会社を売却。22年横浜市の民間人校長公募により市立市ヶ尾中学校長などを歴任。30年広島県教育委員会教育長となり様々な教育改革を手掛けている。