「日本人に帰れ」──いま渋沢栄一に学ぶべき“不易流行”の心

いままさに興亡の只中にある日本──未来をひらく糸口を探る上で、大きな社会変革を成し遂げた明治期の偉人から学べることは多くあります。今回取り上げるのは「日本資本主義の父」として後世に大きな影響を与え続けている渋沢栄一氏。近代日本の礎を築いた偉人たちに造詣の深い北康利さんに、その功績を通して私たちが学ぶべき“不易流行”の精神を紐解いていただきました。

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和の魂を守りつつ欧米の手法を導入

私が明治の創業者の筆頭に挙げたいのが渋沢栄一である。

渋沢は第一国立銀行を設立して頭取を務め、数多くの企業や団体の設立を支援。一銀行家の枠を超え、我が国近代資本主義の礎を創ったとも言える大実業家である。

特筆すべきは、そうした大事業を、モラルの大切さを説きながら成し遂げたことである。これまで日本の紙幣で経済人が扱われた例はないが、渋沢こそ紙幣の肖像にして、その志を顕彰すべき人物であると私は思う。

渋沢は有名な『論語と算盤』の精神を通じ、道義的に正しい道を歩まなければ事業は永続しないことを説いた。こうした姿勢は、実は必ずしも彼の専売特許ではない。

江戸時代には石田梅岩が心学を提唱し、商人の徳育を図った。近江商人の間では〝買い手よし、売り手よし、世間よし〟の「三方よし」を貫いてこそ商売は永続するという哲学が共有されていた。

渋沢は社会性を大切にする和の魂を継承しつつ、欧米の優れた経営テクニックを取り入れ、日本の社会基盤を見事に整えたのだ。

渋沢は非常にダイナミックな思考の持ち主であった。例えば、いまの株式会社に当たる合本主義を日本で最初に導入し、世間から広く資本を集め安定経営を実現したのも彼である。彼はこのシステムを慈善活動にも応用した。寄付活動を普及させることによって、皆が助け合うことの大切さを広く世に訴えたのである。

資本主義は、勝者は豊かになり敗者は貧しくなって当然という考え方を彼は是としなかったのだ。

さらに付記しておきたいことは、「大正維新の覚悟」を説き続けたことである。明治維新を成し遂げた後も、変革の手を緩めてはならないことを、渋沢は特に若い世代に訴えた。生きるためには変わり続けなければならない。自分を見習うのではなく、自分を乗り越えろと説いたのである。

不易流行の選択を誤った国の末路

「日本人に帰れ」

この頃私の脳裏に、出光興産創業者・出光佐三の言葉が度々浮かぶ。

組織も個人も、危機に陥った時には原点に返る。国難の只中にある日本もまた原点に返らなければならないことを、佐三の魂が訴えかけているのではあるまいか。

原点に返るには、優れた先人に学ぶに如くはない。学ぶことで人は謙虚になる。変革の障害となる傲慢に陥らないためにも、自分よりも遙かに優れた人物の存在を認識することは重要である。

とりわけ日本の将来を担う若い人たちに、明治の創業者魂を語り継ぐことを、私は己の使命と心得ている。国に対する誇りが失われ、国を捨てて海外に出て行こうという風潮が蔓延するいまはなおさらだ。

日本の優れた先人に学ぶことは、日本人として何を守り、何を変えていくべきかという不易流行の本質を掴む道でもある。この重大な興亡の岐路に、我われは選択を誤ってはならない。不易流行の選択を誤った国の末路を、私は隣の韓国、中国に見る。

15年前に国家破綻の危機に瀕した韓国は、早期の復興を果たすために多くの大切なものを捨てた。そして、教育ではソウル大学、経済ではサムスンと、各界の強者に国の支援を集中し、GDPを急回復させた。

その結果、社会は一握りの人だけが富を得る凄まじい格差社会となり、失業者が大量に発生した。国は豊かになったが、果たしてそうした殺伐とした社会に幸せはあるだろうか。

中国はいまや日本以上に資本主義が進んでいるが、その初期の段階に渋沢栄一のようにモラルを説く人物が存在しなかった。いま中国は、モラルを捨てた利益追求によって肥大した社会の醜態を世界に晒している。そして経済の雲行きが怪しくなったいま、国に誇りを持たない国民は、次々と国を捨てて移住し始めている。

不易流行の心を失った国家は決して永続しない。そして過去に学ばなければ何を継承し、何を変革していくべきかという本質を見抜く力は養われない。


(本記事は月刊『致知』2013年1月号 特集「不易流行」より一部を抜粋・編集したものです)

『致知』2022年3月号「渋沢栄一に学ぶ人間学」には、北康利さん渋沢史料館館長井上潤さんの対談を掲載。渋沢栄一はなぜ「日本資本主義の父」として歴史に残る偉業を成すことができたのか──渋沢の歩んだ道、そしていま私たちが学ぶべき教えについて語り合っていただきました。ぜひご覧ください。

◇北康利(きた・やすとし
昭和35年愛知県生まれ。東京大学法学部卒業後、富士銀行入行。富士証券投資戦略部長、みずほ証券業務企画部長等を歴任。平成20年みずほ証券を退職し、本格的に作家活動に入る。『白洲次郎 占領を背負った男』(講談社)で第14回山本七平賞受賞。著書に『日本を創った男たち』(致知出版社)『思い邪なし京セラ創業者稲盛和夫』(毎日新聞出版)など多数。近著に『乃公出でずんば 渋沢栄一伝』(KADOKAWA)がある。

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