「血を吐くつもりで話しているんだ」──JAL再生を可能にした稲盛和夫のリーダーシップ

世のため人のため、善きことを思い、善きことを行う。この信念のもとに京セラを世界的優良企業に育て上げ、第二電電(現・KDDI)の創業に挑戦し、日本航空を不死鳥の如く甦らせた稲盛和夫氏。その腹心として長年、氏に仕えた大田嘉仁さんと、評伝の執筆を通じて稲盛氏の実像に迫ってきた北 康利さんに、稲盛和夫という人物の大成の要因、人間としての原点を語り合っていただきました。
 ※記事の内容は掲載当時のものです

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「JALの奇跡」を生んだリーダー教育

〈北〉
大田さんは、稲盛さんと共に再建に取り組まれたお立場から、JALの奇跡が起こった要因をどう捉えていらっしゃいますか。

〈大田〉
必ず再建できるという希望を、トップや幹部だけでなく、派遣社員の方々に至るまで抱いて、皆でベクトルを合わせて一所懸命努力したこと。そこにアメーバ経営という全員参加の経営手法を導入したことが奏功したと思います。

JALの方々の中には、稲盛さんなら何とかしてくれるという期待もあったと思いますが、航空業のことを何も知らない稲盛さんが会社を滅茶苦茶にしてしまうんじゃないかという不安や恐怖心のほうが最初は強かったと思うんです。

ところが稲盛さんと接する中で、幹部の方々は驚いたわけですよ。成功者というのはもっと傲慢で、一方的だという先入観があったのに、稲盛さんにはそういうところが微塵もない。人はどうあるべきかということを繰り返し説き、自身も常に自らの言動に対して誠実に真摯に向き合っている。

JALの幹部の方々は、そういう稲盛さんのようになりたいと思うようになり、せめて自分の部署だけでもしっかりまとめられる人間力を身につけたいと努力するようになる。

部下の方々は、そうして人が変わったように成長していく上司を見て、自分も同じようになりたいと考える。そのような連鎖が起きたように思います。

〈北〉
皆さんの意識を変えていく上で、最も奏功したのは何でしたか。

〈大田〉
最初に始めたリーダー教育だと思います。月に17回も開催して、稲盛さんがその中で5回講義しました。当時の大西社長をはじめ52名の幹部の方々に、リーダーのあり方、人間としてのあり方、上に立つ者として社員をいかに導いていくか等、いわゆるフィロソフィについて話しました。

体調が悪い時には「血を吐くつもりで話しているんだ」と語られていましたが、稲盛さんの鬼気迫る講義によってJALの方々の意識は大きく変わっていったのです。


(本記事は月刊『致知』2021年4月号 特集「稲盛和夫に学ぶ人間学」より一部を抜粋したものです)

◉月刊『致知』2022年1月号に、大田嘉仁さんがご登場。『稲盛和夫 一日一言』の発刊を記念し、共に一流経営者と仰がれる松下幸之助氏と稲盛和夫氏の生き方について、松下政経塾塾頭を務めた上甲晃さんとともに語り合っていただきました。新旧2人の偉大な経営者の誠を尽くし切った人生哲学、経営哲学が満載の対談です。記事詳細はこちら

大田嘉仁おおた・よしひと
昭和29年鹿児島県生まれ。53年立命館大学卒業後、京セラ入社。平成2年米国ジョージ・ワシントン大学ビジネススクール修了(MBA取得)。秘書室長、取締役執行役員常務などを経て、22年日本航空会長補佐専務執行役員に就任(25年退任)。27年京セラコミュニケーションシステム代表取締役会長に就任(29年顧問、30年退任)。現職は、MTG取締役会長、学校法人立命館評議員、鴻池運輸取締役、新日本科学顧問、日本産業推進機構特別顧問など。著書に『JALの奇跡』(致知出版社)がある。

◇北 康利(きた・やすとし)
昭和35年愛知県生まれ。東京大学法学部卒業後、富士銀行入行。富士証券投資戦略部長、みずほ証券業務企画部長等を歴任。平成20年みずほ証券を退職し、本格的に作家活動に入る。『白洲次郎 占領を背負った男』(講談社)で第14回山本七平賞受賞。著書に『日本を創った男たち』(致知出版社)『思い邪なし 京セラ創業者稲盛和夫』(毎日新聞出版)など多数。近著に『乃公出でずんば 渋沢栄一伝』(KADOKAWA)がある。


◇追悼アーカイブ
稲盛和夫さんが月刊『致知』へ寄せてくださったメッセージ

「致知出版社の前途を祝して」
平成4年(1992)年

 昨今、日本企業の行動が世界に及ぼす影響というものが、従来とちがって格段に大きくなってきました。日本の経営者の責任が、今日では地球大に大きくなっているのです。

 このような環境のなかで正しい判断をしていくには、経営者自身の心を磨き、精神を高めるよう努力する以外に道はありません。人生の成功不成功のみならず、経営の成功不成功を決めるものも人の心です。

 私は、京セラ創業直後から人の心が経営を決めることに気づき、それ以来、心をベースとした経営を実行してきました。経営者の日々の判断が、企業の性格を決定していきますし、経営者の判断が社員の心の動きを方向づけ、社員の心の集合が会社の雰囲気、社風を決めていきます。

 このように過去の経営判断が積み重なって、現在の会社の状態ができあがっていくのです。そして、経営判断の最後のより所になるのは経営者自身の心であることは、経営者なら皆痛切に感じていることです。

 我が国に有力な経営誌は数々ありますが、その中でも、人の心に焦点をあてた編集方針を貫いておられる『致知』は際だっています。日本経済の発展、時代の変化と共に、『致知』の存在はますます重要になるでしょう。創刊満14年を迎えられる貴誌の新生スタートを祝し、今後ますます発展されますよう祈念申し上げます。

――稲盛和夫

〈全文〉稲盛和夫氏と『致知』——貴重なメッセージを振り返る

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