なぜ〝理不尽〟に耐えるのか——海上自衛隊幹部候補生学校(旧海軍兵学校)に学ぶ強い人材のつくり方

幹部自衛官を育成する海上自衛隊幹部候補生学校、指揮官・幕僚としての専門知識、幅広い教養を養うと共に、部隊運用等の研究も行う海上自衛隊幹部学校。この二つの学校長を歴任してきた海将の真殿知彦さん(写真左)。その真殿さんに、幹部候補生学校で厳しい訓練の日々を送った若き日の思い出を語っていただきました。対談のお相手は、古今東西の様々な歴史や人物研究を基に、リーダーシップや人材育成、組織づくりに関する数多くの著書を世に送り出してきた作家の瀧澤中さんです。

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人生は合理性だけでは理解できない

〈真殿〉
……防衛大学校を卒業すると、今度は江田島の海上自衛隊幹部候補生学校に1年間入るんですね。この江田島がまたすごい。

〈瀧澤〉
厳しいわけですね(笑)。

〈真殿〉
ええ。防衛大学校よりも遥かに厳しい。合理性と非合理性が一体になったような生活で、まるで戦前にタイムスリップしたように、旧海軍兵学校の歴史と伝統がそのまま残っているんですよ。

防衛大学校と同じように、相変わらずものすごく時間に追われる生活をするわけですけど、江田島ではさらに実務教育にも力を入れますから、昼間はずーっと授業があって、夕方からはカッターを漕ぐ訓練や水泳、持久走などをへとへとになるまでやると。

夜は夜で次の日の授業や試験に備えて延々と勉強です。10時が消灯時間なのですが、全然準備が間に合わないので、多くの学生が12時まで「延灯」し、それでも終わらないとその後もトイレや階段などでこっそり勉強することもありました。

ところが、学生の生活指導にあたる「赤鬼」「青鬼」と呼ばれる幹事付が二人いまして、夜中に見回りにやってくるんですよ。それでこっそり起きて勉強しているのが見つかると、「何やってんだ!」と、ただでさえ時間がないのに呼び出されてしこたま怒られる。

〈瀧澤〉
一所懸命勉強しているのに怒られる。たまりませんね(笑)。

〈真殿〉
でもいろんな方から話を聞くうちに分かったんです。なぜこんなに厳しく、非合理的で理不尽な生活をする必要があるのかが。

要は、海上自衛隊が仕事をする海の上というのは、荒波や暴風雨などが突然やってきたりするような理不尽な世界なんです。理不尽な海で仕事をするには、常に備えがなければならないし、きちんと時間の管理ができてないといけない。そして何より体力、精神的なタフさを備えていなければならないんだと。これを聞いて、ああ、江田島の非合理的で理不尽に感じる生活にもちゃんと意味があるんだと学びましたね。

〈瀧澤〉
歴史を紐解いてみても、海の戦いというのは、いつ何が起きるか分からないし、一瞬と言ってよいくらいの短時間で勝敗が決する場合が多い。その時に、いちいち「なんでこんなことが起きるんだ!」なんて思っていたら、次の適切な行動もとれませんよね。だから、どれだけ理不尽に耐える精神的なタフさを備えているか、そこの部分が大事になってくる。江田島での教育の厳しさもちゃんと理に適っているわけですね。

〈真殿〉
人生でも仕事でも合理主義だけじゃ解けない部分ってあるんですよね。ある旧海軍の方が本に書いていますが「海軍は合理精神があったというけれども、私はこういう言葉には不満である。海という恐ろしい怪物の中で課せられた任務を遂行するには、矛盾を乗り越えるのではなく、むしろ矛盾に飛び込んでいって向こう側に突き抜けていくしかないんだ」と。

その海の理不尽さは実際に練習艦に乗った時に実感しました。練習艦が海に出ていくと360度、見渡す限りの水平線。それが何日も続くと、「ここで海に落ちたら間違いなく死ぬだろう」という恐怖心が強くなってきます。

〈瀧澤〉
江田島での厳しい生活にも耐えられた、その理由といいますか、秘訣は何ですか。

〈真殿〉
それも防衛大学校の時と同じで、江田島も団体生活が基本ですから、皆で助け合って乗り切ろうという感じなんです。というのも海の上、船の上では皆一蓮托生なんですよ。船が沈んだら皆一緒に死ぬんです。だから、日々の団体生活の中で、例えば仕事ができる人は、「俺、余裕があるからこれやっておくよ」みたいにお互いに協力して助け合う気持ちが強くなっていく。皆で助け合って苦しいことを乗り越えていくんです。

〈瀧澤〉
私も2009年にシンガポールまで約2週間、遠洋練習航海に同行させていただいた際にそのことを実感しました。

例えば艦でエンジン室を担当する人たちは、別の場所で緊急事態が起こってもひたすら仲間を信じ、エンジンが回るよう最善を尽くしていなければならない。彼らが逃げればエンジンがだめになって全員の命に危険が及ぶ。彼らの姿を見た時、この艦に乗っている人たちは、とてつもない強い信頼関係で結ばれているんだな、と感動しました。

この信頼関係というものは、自衛隊だけじゃなく、どんな組織にも通じることだと思います。上司と部下、社員同士の日頃の信頼関係が、強い組織をつくる。

〈真殿〉
本当にそう思いますね。


(本記事は月刊『致知』2021年11月号 特集「努力にまさる天才なし」より一部を抜粋・編集したものです)

◉2021年11月号には、海上自衛隊幹部学校長の真殿知彦さんと作家の瀧澤中さんの対談を掲載。お二人には「土台に愛情がなければ人はついてこない」「リーダーは見返りを求めてはならない」「努力し続ける姿が人望力をつくる」などのテーマで語り合っていただいています

◇瀧澤中(たきざわ・あたる)
昭和40年東京都生まれ。作家・政治史研究家。日本経団連21世紀政策研究所「日本政治タスクフォース」委員などを歴任。自衛隊や経済・農業団体、企業などでの研修、講演会にも積極的に取り組む。著書に『「戦国大名」失敗の研究』『「幕末大名」失敗の研究』(共にPHP文庫)『秋山兄弟-好古と真之』(朝日新聞出版)『ビジネスマンのための歴史失敗学講義』『人望力』(共に致知出版社)がある。

◇真殿知彦(まどの・ともひこ)
昭和41年千葉県生まれ。平成元年防衛大学校を卒業後、海上自衛隊入隊。第2飛行隊長、第1航空隊司令、海上幕僚監部防衛課長、第2航空群司令などを経て、28年海上自衛隊幹部候補生学校長。29年統合幕僚監部防衛計画部副部長、30年横須賀地方総監部幕僚長。令和2年より海上自衛隊幹部学校長。

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