「明日やってもいいから……」ギャンブル依存症だった私を立ち直らせたひと言

「ギャンブル依存症者」。この言葉には一般に、遊び人・怠け者……といったイメージが強くつきまといがちです。しかし実際には、真面目な性格ゆえに問題を一人で抱え込み、ストレスのはけ口として知らず知らずのうちに依存してしまう人が多いのだといいます。自身も長年の依存から抜け出し、1000人以上の回復支援や依存症の啓蒙活動に取り組んできた田中紀子さんに、実体験を交えた回復支援の在り方を語っていただきました。

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「生まれてこなければよかった」

〈田中〉
ギャンブル依存症者と聞くと、どのような人を思い浮かべるでしょうか。遊び人、怠け者、ひと山当てたい人……多くの方はこうイメージするでしょう。

しかし、実際には真面目で責任感が強く、働き者、むしろ一人で問題を抱え込み、助けを求められないストレスから、知らず知らずのうちにギャンブルに依存してしまう、こんな人が多いのです。国内では320万人がギャンブル依存症の疑いがあると推測され、国民病とも言える身近な病です。

私は2014年に公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」を創設しました。現在、全国30支部に広がり、約300人のコアメンバーを中心に、依存症の啓発活動や家族相談会などを実施しています。この活動を始めたのは、私自身ギャンブル依存症に苦しみ、乗り越えた経験があったからです。

3歳の時に父がギャンブルで多額の借金を抱え、会社のお金を横領したことが原因で両親は離婚。加えて母が戻った実家の祖父もパチンコにお金を費やし、家庭は常に貧困状態でした。「お前がいると金がかかる」と言われ、「生まれてこなければよかった」と自ら卑下し、自尊感情を育めないまま成長しました。

社会人になって一度結婚したものの、30歳で離婚し昼夜働き詰めの毎日の中で現在の夫と出逢いました。夫もギャンブル好きで、交際したての頃は競艇場に出かけ、共にレースを楽しみました。

依存症の多くは、山あり谷ありの人生の中で谷の時に発症するものです。私の場合は離婚で不安感や喪失感などのストレスが過大な時期でした。レースに夢中な時は嫌なことを忘れられたため、次第にギャンブルに依存していきました。最後のほうには10日で200万円も使うほどになりました。すぐに借金だらけになり、借金のストレスを解消するためにまたギャンブルを繰り返す、この悪循環が5年ほど続きました。

背中を押した仲間の一言

〈田中〉
結婚、出産を機に私は一時的にギャンブルが止まったものの、夫のほうは止まらず新たな借金が出てきました。このままではダメになると2004年に医師の診察を受け、そこで勧められたギャンブル依存症者やその家族を支援する自助グループに繋がりました。

そこで回復のために行っていたのは「12ステッププログラム」でした。このプログラムは12段階に分けて自身を見つめ直し、依存の要因となったトラウマやストレスを突き止め改善した上で、同じ問題に苦しむ人の手助けをしていく。つまり「助ける者が助かる」という仕組みです。 

夫もこのプログラムで回復しましたが、私は過去を受け止めきれず、今度は買い物依存症になってしまいました。助けを求めて泣いて仲間に相談すると、ある言葉をかけられました。

「明日やってもいいから、きょう一日はやめるのよ」

それまで「明日で終わりにする」と誓いギャンブルや買い物を続けていた私が「きょう一日」とやめた日を積み上げていくことで依存から抜け出せたのです。

加えてプログラムを通して、幼少期の環境による自尊感情の欠如も依存要因の一つと分かり、それまで関係が冷え込んでいた母ときちんと向き合うことができました。

こうして12ステップに向き合いながら、仲間に支えられ依存からやっと抜け出した頃、ふいにそれまで起きた苦悩のすべてに意味があったのだと気づきました。ギャンブルで苦しんできた経験は、これからギャンブル依存症で苦しむ人たちを助けるためだった――そう気づき、喜びで全身が震え、思わず涙を流しました。自助グループに出合ってから4年の歳月が経っていました。

一生を捧げる夢を見つけて

〈田中〉
その後、退職して全国の自助グループの仲間に会いに行き、12ステップによる回復体験を伝えました。その最中「もっと多くの人に助かる道を伝えねば」と顔出し実名での活動を決意させる苦い経験が起こりました。

行方不明になったあるギャンブル依存症者の家族の仲間から相談を持ち掛けられたのですが、しかし時既に遅く、持ちかけられた矢先にそのギャンブラーは自殺してしまいました。その方の家族や自助グループの仲間からは「あなたの責任ではない」と言われましたが、私は自分の実力不足や判断力の欠如を深く悔やみました。小学校1年生になったばかりの息子さんが棺の前で声を出さずに涙を流す姿を見て、あまりの悲しみから

「依存症の回復支援に一生を捧げよう」

と決意しました。

これまで1000人以上のギャンブル依存症者やそのご家族の回復支援をしてきましたが、「人生をやり直すことができた」という回復者やご家族からいただいた言葉に何度も救われてきました。

ギャンブル依存症はギャンブル場をなくせば解決する問題ではありません。大切なのは、抱えている心の問題に向き合うこと、そして誰かと繋がり支え合い依存から抜け出していくこと。社会には正しい知識が必要です。

どん底にいた人が這い上がる姿は人々に希望や勇気を与えます。回復者の実体験がリカバリーカルチャー(回復者による自伝小説や音楽などの文化)となって広まるのもまた、依存症に悩む方を救うことに繋がります。そう信じてこれからも仲間と共に活動を続けていきます。


(本記事は月刊『致知』2021年5月号 連載「致知随想」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇田中紀子(たなか・のりこ)
1964年東京都生まれ。昭和女子大学短期大学部国文科卒業。  2014年(社)ギャンブル依存症問題を考える会代表就任。ギャンブル依存症の問題から回復していった経験を伝えたいとカウンセラーとなり、ギャンブル依存症の問題を持つ家族からの相談に対応している。 著書に『ギャンブル依存症』(角川新書)ほか。

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